2019年08月12日

【令和】未来の子どもたちへ

【令和】未来の子どもたちへ


昭和24年に生まれた僕らは「未来の子どもたち」だった・・・

漆黒の戦乱、戦渦に過ごした祖父母、父母世代はその「未来の子どもたち」になにを託し、なにを遺しただろうか。

僕らの時代も、そして今も、いわゆる「大東亜戦争」と「太平洋戦争」の歴史的検証が『日本史』の中で全くなされていません。
そのことは現代に生きる僕ら、そして「未来の子どもたち」にとって生存する上で“羅針盤”のない船にいるようなもの・・・・・・
戦後(敗戦後)74年、そのときの「未来の子どもたち」のほとんどが“古希”を迎え、今やその子どもが社会の中心をなし、孫が就学年齢に達するそんな時代。

その時代に、政治は腐敗と混迷、世界一優秀と言われた東大閥の官僚が行政する“国家”は極めて不審の様で、改ざん隠蔽と嘘を繰り返す。
「政治は三流、経済は一流」といわれた昭和の高度成長期の「財界」だったが今日、令和の経済は己の利益ばかりに腐心し、国民大衆の日々の生活を困窮に貶めても平然とする。それどころか「自己責任」とさえの暴言も聞き及ぶ昨今。

この国はこれから、いったいどんな国になっていくのだろうか?

「改革、改革」と言った内閣は、当初30年後には無料解放と言っていた「高速道路」を永久有料の「民営化」、つまり個人の集合体の『私有物』にし、法律加護下の国民の虎の子、「郵貯・簡保」をやはり「民営化」、株式化して『私有物』にしている。

そして「美しい国」とか言った内閣はこれも国民のなけなしの年金掛け金総数“5000万件”を該当者不明とさせ、挙句“140兆円超”あるハズの年金掛け金になぜか言及せず「年金保険料」を上げ(増税)、年金給付年齢を後退(増税)させ、しまいには「給付額」を減少(増税)させると言った暴挙に。

「私の内閣で絶対にやります。出来ないことは言わないんです」。

と大法螺を吹きながら「出来ないことは・・・」どころか、何にもしない内に1年と経たずに、 嘘八百八百閣僚の3名もの辞任騒動と、前代未聞の現役閣僚自殺といった汚点を残し、突然内閣を放り出してしまった。

そしてその後の、「生活者中心の政治」を言いながらの内閣は、その生活者の中の「弱者」から真っ先に絞るといった悪代官さながらの「後期高齢者医療制度」と言った“姥捨て山政策”を実施。
さらに「生活者」を言うなら、国民生活にとって欠くことのできない“ガソリン税”増税と、パーパー商法に詐取されるがごときの石油価格暴騰に全くの無策。

世界でトップレベルと言われた行政官“官僚”の下での政治は戦後のいつからか、復興期から高度成長期に、そしてその成長期の微温湯の中それら“政官”・・・
そして経済までが、嘘に嘘を重ねて暴利を貪る。そしてあろうことか国民生活の基盤でもある「労働」までを「日雇い制」で低賃金化させ、 正規雇用はせず、 「労働市場」から「人身を買い集めて」史上空前の高収益と饗宴する。

なぜだ、どうしてなんだ・・・!?

一般国民大衆はそれでも懸命に生きようとしている。生きている。

それなのに、デフレだと言いながら重なる消費増税で増税分物価は上がり、実質賃金所得は減少、さらに公共料金の値上げ。

挙句が国地方合わせて1200兆円という想像も出来ない負債が。それを国民、赤ちゃんからお年寄りまで850万円借金と大嘘を喧伝。
平成になってから低成長、実質GDPはマイナス成長。国民の4割が貧困、こどもの7人に一人が貧困。
それなのに今次、消費税を10%に増税するという政治。国民生活を豊かにするどころか生活不安に貶める政治。

そんな中、北朝鮮がどうしたとかの全てが作り話、寓話の類の外交偽装。
日本政府は日本国民に対して、この『ニッポン国』がどんな状況にあるかきっちりと情報公開する。
いや、国民自身がそれを要求し、させる。

本来、それが「国会議員の仕事」のはずだが国会議員にはその権能は全くない。

つまり、国会というところに年間“1,000億円”から投じる税金は全て無駄ガネということになる。
事実、この間、国民生活、何か良くなったことがあったんだろうかが良くなっただろうか安倍自民党政権下?
首相、口を開けば有効求人倍率が1.7、景気指数はバブル期超え。

ま、団塊世代周辺のおよそ1000万人が現場からリタイヤし非正規が4割。そら有効求人倍率上がるでしょうよ。
医療年金雇用等の社会保険が自己負担でかつ低賃金、労働分配率の低下です。
つまり昭和の時代の公平な是正でなく富裕層ほど、大企業ほど税負担が少なく労働者を人間ではなく「人工」勘定。
一人分の、本来適正であるはずの労働分配を二人で分ける。そら低賃金になります。

頻発する陰惨な事件、親殺し、子殺しや通り魔事件、自殺・・・

未だに絶えない政官財の談合、贈収賄汚職、公官庁の裏金犯罪。そのたびに逮捕者が出ても一向にそれがなくなることはない。
優秀である官僚の政策で「都市計画」がなされ、結果、地方の都市という都市の「街は破壊」され、地方中核都市の商店街は壊滅的状態。

妙に符合する「戦前の官僚」と「戦後の官僚」。

かの大戦の責任は一握りの征服軍官僚が責任(絞首刑)を取らされただけで、ほとんどの優秀な官僚は総理大臣になったり、閣僚大臣になったり、政治家になったり戦後解体された財閥の責任者になったり。

実は何も変わらなかった(笑)。

戦争に負けて、一般国民300万人余の犠牲を出すも、戦争を遂行した責任者は何ら責任を取らずに平然と為政する側に。
今も変わらず、公害で国民を苦しめようが、薬害で国民を死に貶めようが、税金を横領詐取しようが、責任者は一切「責任を取らない」。

実に笑える話ですが「責任を取れ」とは法律に書いてないのだそうです。

当然と言えば当然かも知れませんが、「自分を縛る縄を綯う」泥棒はいませんよね(笑)。

未来の子どもたちへ ・・・

足腰が立つうちに、認知症にならないうちに何が?

【令和】未来の子どもたちへ

  


Posted by 昭和24歳  at 22:07Comments(0)

2019年08月12日

終戦記念日にB-29

終戦記念日にB-29


あらゆる悲惨なる完敗の連続は、日本軍隊、日本政府の無知蒙昧――

それは軍人ばかりではない。
『ポツダム宣言の受諾』をめぐり、政府・陸海軍の間でも、それぞれの内部でも、“全面降伏”を承諾すべきか否かについて激しい対立が生じ、議論は容易にまとまらなかった。

日本政府が示した降伏条件、要望―――

1.国体の護持(天皇制の維持)
2.連合軍が保障占領する日本国土の限定
3.日本軍の武装解除は、連合軍ではなく日本軍自らが実施すること
4.戦争犯罪者の裁判は日本自身で行なうこと


まさに北朝鮮の六カ国協議参加条件みたいなもんだが、今風に言えば小泉首相の“議論を尽くして”で議論を尽くした結果がこの間に“広島・長崎”への原爆の投下、ソ連の参戦等が相次ぎ、日本国民の被害は一挙に急増した。

最高戦争指導会議と御前会議―――

降伏に関する協議は帝国憲法に規定された閣議だけでなく、首・外・陸海相、それにこれら陸海軍の軍令系統の最高権力者、計6人からなる“最高戦争指導会議”、時には天皇の命令で平沼枢密院議長が加わったこともあり、天皇自身が直接臨席し、いわゆる『御前会議』も。
そしてそこでなにが話されたか、国民にとっては泣くに泣けない議論が・・・

東郷外相――東郷和彦前オランダ大使(免職)、現・プリンストン大学客員研究員の祖父

「日本にとって最も必要なものは、皇室の安泰ということで、これは絶対的なものである」

平沼枢密院議長――現衆議院議員、平沼赳夫の父(養父)

「国体の護持は、皇室の御安泰は、国民全部戦死しても之を守らざるべからず」

こうした間、ポツダム宣言に関する連合国からの回答は、

「天皇制の存否に関しては、将来日本国民の自由意志によって決定する」という好意的ともいえる趣旨のものであったが、
松阪司法大臣は次のように述べて、これに反対した――

「皇室の問題を国民の意志によりきめるということは、臣民の感情として相容れないから承服し難い。
国体の本義の上より受諾することができない(ポツダム宣言を)。戦争継続を覚悟する外なしと考う」

また、安倍源基内務大臣は――

「我らは一億一心、国体の護持に邁進すべきである。勝利あらざる時は一億玉砕の外ない。一か八かやる外に道がない」

つまりは、「天皇制を維持するためには、全国民が戦死するより他はない」というのである。

これが戦時の政府の今で言うならば閣僚会議“閣議決定”であり、その結果が先の“原爆投下”までに至った。

「天皇の軍隊」まさに神がかり、狂気の政府、国家と言うしかない帝国日本。
戦争、開戦に関するすべての責任は、国民の上にげ厳然と「天皇の為に命を捧ぐ」とまで言わしめ、
それは如何なる理由を論おうとも「天皇」なるものにあることは余りにも明らかである。
そのことから言えばこの天皇の“富田メモ”は国民にとっては全く無意味な議論で、その時の“最高戦争指導会議”、“御前会議”の子、孫が議論する異様さでしかない。

「天皇制を維持するためには、全国民が戦死するより他はない」

まさに“狂気”でしかない。
開戦したことも狂気なら、降伏の決断まで狂気。

一説には“御聖断”の理由には連合軍の伊勢湾上陸で伊勢神宮、“熱田神宮”の“三種の神器”が危ういと言う、天皇にはそれを命を賭してでも守らねばならない“命”があると・・・

マッカーサー元帥に対して「自らの命を・・・」との神話。
今になって“マッカーサー元帥が感動した”とか。それこそが敗戦後の新たなる“神話創り”ではないか。

そしてその一切の責任を問われない人間天皇の“御巡幸”である。
僕も戦後すぐではないが信越線踏み切りに天皇の“お召し列車”御巡幸で日の丸を親に倣って振った憶えがある。
今にして思えば全く笑えた話ではないか―――“御巡幸”とは?

この国の一貫しての無責任体質。最高責任者が全く責任を負わない国家体質。

そして間も無く“終戦記念日”―――

“記念日”とはあまりにも三百万余の国民の命の代償にしては軽薄が過ぎる。

そして靖国に眠る国家の犠牲者よりも国民の犠牲者の数の方がはるかに大きい。

“参拝する、しない”それを重大視すること自体が無責任国家の謀ではないのか。

終戦記念日にB-29
  


Posted by 昭和24歳  at 14:05Comments(0)

2019年08月12日

“敗戦”を“終戦”という捏造と改ざん

“敗戦”を“終戦”という捏造と改ざん


永続敗戦論
大学四年生の悠樹と朋子は、恋人同士。卒業旅行に二人でドイツへ向かう。そこで偶然、知り合ったのは、学者の高田。二人は高田から、戦後の日本を支配してきた「戦後レジームの実相」について教わる。それは、「永続敗戦レジーム」というまさに侮辱と虚構のレジームだった―。

で、TBS「荒川強啓 デイ・キャッチ!」!(2015/08/14)なんだが白井聡と宮台真司。
若き政治学者白井聡と持ち上げる荒川強啓なんだが、荒川強啓は1946年生まれこの放送当時は69歳。僕が1949年だから僕よりも3歳年上。その荒川強啓が「若き政治学者」にご高説を賜ってる可笑しさ、なんか隔靴掻痒(笑)。

 荒川強啓はホントに知らないのかね「永続配線論」なるものの事の流れ。いや知ってるはずだ、シラバックレテルのか、どっちでもいいけど。
で、「若き政治学者」白井聡氏なんだが、1977年生まれの41歳。僕の長女が1976年生まれ42歳だから「団塊世代ジュニア」、僕ら世代の息子が立派に成長したもんだなんだが。

 こういっちゃあなんだが、戦後世代ではない。ま、父親が早稲田大学総長だったとかでいろいろ勉強したんだろうね。しかしアレだ荒川強啓が「若い政治学者」の一言一言に妙に、やけに感心しているのが何かアレ。

 ま、時代が進んでるんだからそれもそうか、なんだがまあ、いったら僕ら世代が「明治維新」を歴史文献から、ま、それなりに学問として勉強したとしてなんだけどなかなか「見てきたよう」には語れない。



【終戦記念日】サラダ記念日じゃああるまいし(嗤)。
2011年08月15日

「終戦」とは???

少なくとも「戦争」を終わらせる意思が尊重されてこそ。

その意味では、講和条約発布、昭和27年が終戦?
まあ、昨夜もNHKでやってたんだが、ドキュメンタリー・・・

高橋是清蔵相があ暗殺された2.26。
日銀と、横浜正金銀行、そして財界、軍部が絡んでの、アレ、

「天皇の戦争」

なぜ戦争をはじめたのか!?
4年間にわたる米英との「太平洋戦争」。

今にして思えば“4年間”も戦争をするというその日本政府の無謀さ・・・
当時、昭和16年、その時点で日本の国際的位置付けはどうであったのか。

たしかに、明治来「日清戦争」「日露戦争」とこの米欧の「白人至上主義」の国際社会にアジア地域における、唯一の独立軍事国家としてその将来を模索する時代だったが はたして“米英”を相手の開戦が日本の命運のカギであったかは今にして、多いなる疑問だ。

つまり、「米英」がいかなる思想の国家なのか、当時は地球上のほとんどの民族を白色人種、英米仏蘭西独伊が、その地を武力で侵略、略奪、虐殺を繰り返し、 植民地支配、隷属化し、さらにそこで、その侵略者である白人種同士が、国家間で植民地の権益争奪戦を繰り返す、そんな時代だった。当然、それはこの日本もその対象の例外ではなかったはずだ。

 つまり、それが江戸幕府崩壊から明治維新の流れとなっていったのだが、その意味では、欧米にとってこの国、日本を、「植民地にするほどの“価値”」がなかったか それとも、とりあえずは武士、武家が統治する「軍事国家」であったがためか。
 もっとも、あえて侵略戦争を仕掛けて手間をかけるより、 内乱、内戦工作、つまり革命を惹起させその「革命政府」を隷属化させる政策を米英はとった。
明治革命(維新)政府に莫大な戦費を貸与し、武器、弾薬、軍艦を売り「日清・日露戦争」を工作した米英。

 つまりそれが、「日本の近代化」、文明開化の源泉でもあった。

 まもなく勃発した、欧米の「第一次世界大戦」は遠く離れた極東、日本の産業、経済発展に大きく寄与し、 結果、そのことが日本の中国大陸侵略戦争へ道を開くこととなり、 そもそも英国の「アヘン戦争」来、米欧の権益争奪の場であった中国大陸。
 そこへ日本がその意味では「米英の子分」の存在であるにもかかわらず、「辛亥革命」で没した清朝、最後の皇帝“愛新覚羅溥儀”(アイシンカクラフギ)を皇帝に仕立て、 昭和7年、“大日本帝国”は関東軍を侵攻させ満州全土を占領し、 「満州国」を企てる。

“愛新覚羅溥儀”復活させた。

 その、ラストエンペラーを、事実上日本政府の傀儡政権として誕生させた。
しかし、その満州一帯は、欧米、とくに「米国の権益」。

 つまり「親分のシマ」に「子分」が勝手に入り込んで賭場を開いてしまった。 当然、米英は日本政府に「満州から手を引くこと」迫り、そのためのあらゆる手段を講じ、 決定的な最後通牒が後の米国国務長官「ハル・ノート」、アメリカ側から提示された交渉案である。
 その内容は、アメリカが日本とイギリス、中国、日本、オランダ、ソ連、タイ およびアメリカ合衆国の包括的な不可侵条約を提案する代わりに、日本が日露戦争以降に東アジアで築いた権益と領土、軍事同盟の全てを直ちに放棄することを求めるものであった。

概要は以下の10項目からなる↓
ハルノート
1.アメリカと日本は、英中日蘭蘇泰米間の包括的な不可侵条約を提案する
2.日本の仏印(フランス領インドシナ)からの即時撤兵
3.日本の中国からの即時撤兵 
4.日米が(日本が支援していた汪兆銘政権を否認して)アメリカの支援する中国国民党政府以外のいかなる政府をも認めない
5.日本の中国大陸における海外租界と関連権益全ての放棄
6.通商条約再締結のための交渉の開始
7.アメリカによる日本の資産凍結を解除、日本によるアメリカ資産の凍結の解除
8.円ドル為替レート安定に関する協定締結と通貨基金の設立
9.第三国との太平洋地域における平和維持に反する協定の廃棄 –
10.本協定内容の両国による推進

 つまり、大日本帝国はこの米国の通牒に従い中国(満州国は含まれず?)、 欧アジアの欧米植民地からの即時撤兵し、 英米に屈し隷属化(?)の道を行くか それとも、この通牒を無視し米英と開戦し将来への死活を探るか。

現在の北朝鮮の核開発廃棄にからむ「米朝交渉」に似ているような似ていないような(?)。当然、当時の日本と英米の国力はといえば、 今日の“米朝”のそれほどではないにしても、そこには天と地ほどの差があった。
 はっきり言えば、「天皇の」という、大日本帝国の“沽券”でしかなかった「交渉力」の貧困、つまりは「外交力」が無力だということ。

 それにしても米英相手に4年間も戦争をするとは狂気でしかない。もっとも、実質戦争をしたのは日本政府ではなく「日本国民」だけだった「天皇陛下の命令」「天皇陛下のため」。そのために死んでいった無辜の命300万余。それは、その姿は今も変わらない日本国政府の国民無視。
 財政再建のためと消費税10%を言う政府、何人国民を殺したらすむのか。そして、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマと そこに観るのは「官僚支配」の極み(^^ゞ
終戦「サラダ記念日」米日の密約
http://netizen.html.xdomain.jp/CIAJAP.pdf#search=%27CIA%E5%85%AC%E6%96%87%E6%9B%B8+%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%B2%E3%81%A8%27
CIA Records - Name Files
米国国立公文書館で機密解除された戦時・占領期の日本関係資料の中から、米国中央情報局(CIA)が収集した31名の日本人の個人ファイル
https://www.archives.gov/iwg/declassified-records/rg-263-cia-records/second-release-name-files.html
  


Posted by 昭和24歳  at 07:33Comments(0)

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