2018年03月08日

27年前の中銀「ここはどこ?私は誰?」

27年前の中銀「ここはどこ?私は誰?」

シャッターはどこも降りてない・・・
ある雨の日の高崎中央銀座通り
1991年。



https://www.youtube.com/watch?v=SPGOxdgM84s

貴重な映像である。

しかし、たった30年で今日の姿になろうと中銀、誰が想像しただろうか。

時既に藤五百貨店は終わっていたが、スズラン、高島屋、ダイエー、ニチイと流通激戦の最中の「中銀」でした。

ま、衰退一番の要因は旧市街地の人口減少、いわゆる「ドーナツ化現象」と「モータリゼーション」でしたね。

時代の流れと言えばそれまでだが、行政の都市計画だって三段論法から言ったら、

「あ~すれば、ああなって、こうなるです」

つまりその都市計画とかが旧市街地を衰退させた。

今更言っても後の祭りなんだが、田んぼん中、丘陵地帯に団地なんか作らずに街中を再開発・・・・・

まあ、今にして思えば、北は飯塚あたりまで、西は並榎、東は江木町。南は新後閑あたりまでだろう。

実際、現実はそれら地域でさえ高齢化による過疎化が進んでいる。

そう、旧市街地まで徒歩圏内にある町家地帯を再開発の名のもとに切り崩し、結局街中をスカスカに。

つまり、昭和50年代の旧市街地人口は平成30年、半分以下になってしまっている。

それだものいくら「街中活性化」を叫ぼうが「笛吹けど踊らず」で、人口増加促進の意味でも旧市街地・・・・・

そこに住宅団地でもこさえて、若い子育て世代に入居してもらう、それにしたって持つのは30年ですから、

都市計画には100年の計が必要なんじゃあないのかな、つまり世代が三周りするところでことは収まる。

つまり良かれと、なんだろうがモール作ってハコ作っても人が増えないんじゃあどうしようもない。

「角を矯めて牛を殺す」ではダメ、それがこの少子高齢化社会の政策テーマで、確実に20年と待たずに高崎も11万人からが消えます。

だから、11万人増やさなくちゃあ、他所から持ってきちゃいますか?

27年前の中銀「ここはどこ?私は誰?」
  


Posted by 昭和24歳  at 06:41Comments(0)

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