2017年01月10日

「50年後の高崎」2017 年より愛をこめて

「50年後の高崎」
2017 年より愛をこめて


プラネッツリサイタル、高崎「群馬音楽センター」

自民党青年局長を務めた小泉進次郎衆院議員も出席、「悲観的な考えしか持てない人口1億2千万人の国より、将来を楽観し自信に満ちた人口6千万人の国の方が、成功事例を生み出せるのではないか」と語り、会場から拍手が起きた。
そらそうです。人口が半分になって生産性、GDPが今と変わらなかったらつまり、普通に所得倍増です。
横取りしなかったら、未来は明るい。

それは2067年・・・・・
もちろん僕はいない。昭和の最後の年、昭和64年生まれの市民が79歳になる年だ。つまり、言われるところの「後期高齢者」。
そして今日、今、「オギャーッ」と生まれた赤ちゃんが50歳に・・・・・・

当然、元号は平成から“泰平”とでも。一体全体、「わが街高崎」はどんな街になっているだろうか。もちろん今の21階の市庁舎も老朽化で「建て替え」とかを市議会でも議論伯仲、もまれているころではないかと。鉄筋コンクリートの寿命が60年~70年だというから、まあその威容も墓標のような趣かも知れない。あの高崎音楽センターが、僕が13歳の時だったから今51歳。すでにその寿命がささやかれ補強改修工事もままならないとかで箱モノ屋さんが五月蠅い。当然、高崎競馬場跡地に建設されたコンベンションセンターも、西口、ニップン跡地の体育館も、そして東口栄町再開発、鳴り物入りで建設された総合商業施設も、その耐用年数を迎えようとしている。

ところで、その2067年には日本の人口も8000万人台に落ち着いてる頃だ。統計上。まあ、戦争でもなければの話、東日本大震災のような天変地異がなければの話だけれど、考えてみると「50年後」って、そんな先の話ではない。なぜかと言えば、50年昔は僕が14歳。つい昨日のことのような話である。しかし、その50年昔から比べると高崎の街も随分と面妖というか趣が変わってきた・・・・・

その50年昔の「わが街高崎」は・・・・・昭和42年。まだデパートといえるほどのものはなかったが、それでも連雀町の四つ角に「高島屋ストア」と、銀座通りには「おしゃれデパート」。そういえば本町三丁目に「フードセンター」ができたのもそのころではなかっただろうか。映画館、「オリオン座」が出来たのもその年、確か昭和34年のころだった。町内というか横丁には魚屋、八百屋、肉屋、酒屋、米屋、饅頭屋、電器屋、小間物屋、荒物屋、豆屋、塩屋、薬局、そして煙草屋、乾物屋、豆腐屋、駄菓子屋、等々etcで、少し足を延ばして半径2、300メートルなら洋品店、帽子店、蕎麦屋、喫茶店、瀬戸物屋が。そうそう、僕の家の3軒隣の表通りにはパチンコ屋まであった(笑)。自転車屋、旗屋、建具屋、竹屋、鍛冶屋、下駄屋、畳屋と、まあ、早い話が、横丁そのものが“ショッピングモール”みたいなもので、まさに「オンデマンド」。
そんな時代の朝餉、夕餉には豆腐屋さん、納豆屋さん、卵屋さんがセールスに来る。八百屋さんも僕の隣んちが、その八百屋の「引き売り」だった。そんなショッピングモール、イオンのような横丁がいつの間にか「消えた」。あれだけ朝な、夕なに騒然としていた横丁から人も家も、突然のように消えた。こんな地方都市にも、そう、高砂町という横丁にも高層マンションが2棟、3棟、4棟と、そして街中にそんな「マンション」が今も数棟。で、このご時世です。その部屋の明かりも疎らに。

今、盛んに騒がれている高齢化社会だが、思えば当時、ほとんどの家には「おじいさん」と「おばあさん」がいた。
まあ、その意味では、あの戦争で20代、30代の男衆はほとんどが兵隊にとられたからまさにその戦争時代というか昭和10年代は「高齢化社会」そのものではなかっただろうか。
そんなわけで僕の家の両隣にもおじいさんおばあさんがいた、その向こうの家にも、そのまた向こうの家にもと、そんな時代だった。
50年後の高崎・・・・・

市町村合併を繰り返し、人口を水増ししてもどんどん街は小さくなる現実。いわれる「右肩上がり」に政治も、経済も思考することの限界地に来ているのではないか。

「都市の寿命」

しかし、それは都市が消えてなくなるわけではない。たしかに「限界集落」とかの山間地の住居は消えてゆくだろうけど都市そのものは人口収縮し変幻しながらもつねに「生まれ変わってゆく」。新しく、新しく。おそらく50年後には医療技術も相当に発達し、その意味ではある程度「高齢社会」も落ち着いてきているのではないだろうか。ただし、少子化と、最近言われていることは「独居」の中高年が激増しているとかの話。つまり、結婚しない男女。その結婚しない男女がそのまま高齢化した時の問題、それ自体が少子高齢化の問題でもあるのだが、かといって、結婚も、離婚も突き詰めれば個々人の問題で、そのことに社会が闇雲に強制できることではない。つまり、配偶者のいない、子どものいない「独居者」がその少子高齢化社会の中に3割とか4割に。今現在でも40代、50代に限って言うと7人に一人の割合で「独居」だという。

実は、僕のカミさん4人姉妹で他の三人は50代の独身・・・・・・

僕の友人にもその「独居高齢者」は今数えただけでも、7、8人はいる。

50年後の高崎・・・・・

社会構造が全く今のこの環境と変わるのに政治、行政がその「右肩上がり」の虚構の「明るい街」しか想像しない。そうした中で、財政だけはさも深刻そうに「将来にツケを残すわけにはいかない」とかで増税を言っている。たしかに、少子高齢化は大きな社会問題、いや、環境問題である。さらに、財政でいえば今日のこの莫大な負債を、人口そのものが半滅しようというのにどうしてそれを賄い、解決できるというのだろうか、まあ、その解決策は「想像力」に頼るしかないのだろうか・・・・・・

しかし、街が小さくなる、国が小さくなるということは必ずしも悲観することではない。その意味では、日本以外の先進国のほとんどが米国を例外にすれば東西統合のドイツ連邦共和国でさえ8231万人・・・・・・
フランス、英国、イタリアも6000万人台。つまり、人口構造の差はあるとしても50年後の日本、というか「高崎」は欧州並みの都市環境になるということではないか。北欧に至っては大きいスウェーデンでも1000万人弱です。

まあ、ひとつの解決策としては既得権益保護の土建行政、箱モノ行政は終止することです。人権保護の見地からの行政。そして都市環境は暮らしとしてのコミュニティの充実と景観としての森、公園都市の創造。つまりそれは「成熟社会」とでも言うんでしょうか、成長ではない「成熟」。まあ、「熟した実」が落ちない程度のそれ。そこには当然家族と暮らす、生活するということは理想ですが、「独居」を視野に入れた生活環境づくり。その意味での、社会、コミュニティが充実してくればその環境の中での家族も生まれるはずです。

かつての麻生政権の時のリーマンショク「100年に一度の危機」。そして民主党政権下での東日本大震災と東京電力福島第一原発事故、そして第二次安倍自民党政権、「アベノミクス」とか「TPP」とか喧しいですけど・・・・・・

いい機会かもしれません。

それは景気回復ではなく「人間らしい生活、社会の回復」を目指すべきです。

50年後の「わが街高崎」のためには・・・・・・

今、20代、30代のあなた・・・・・・

50年後には70歳、80歳に確実になる

これは、あなた自身の問題なのです。

僕らのいない「わが街高崎」の・・・・・

昨年年末、昔のバンド仲間の突然の訃報。事故死なんだとか。
知り合ったのが20代の初めの頃ですから50年近い付き合いになる昨年の6月には「いろり」で一献傾けた。享年65歳。残念でなりません。現役カメラマンとして活躍していたにに。残念です。
どうぞ安らかにお眠りください、合掌。

「50年後の高崎」
2017年より愛をこめて


  


Posted by 昭和24歳  at 19:37Comments(0)

2017年01月10日

朴正煕政権時代の妓生と少女慰安婦



>安倍はなんだか時代遅れ。ちぐはぐ。

「ヨイショ!!」っと・・・・・

「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」

僕は未だ「安倍晋三」が内閣総理大臣でいることが信じられない。
どこかでよほど強い力が作用してるんでしょう。

政治の季節は終わった「18歳の選挙権」にしろです。
まあ、「フェミニズム」もその一つなんだろうが、普通に考えたら古くは土井たか子・・・・・
そして小池百合子なんだが政治をする女とは「男勝り」、そこのメンタルの理解に苦しむ。

男性議員も大局観が全くない、顔色を伺う。誰の顔色なのか、それが。

韓国問題にしても、政治家の意見が全く聞こえてこない、ジャーナリストの声だけがでかい。

「慰安婦少女像」、韓国人らしい「ウリ・ファースト」、理性のかけらも見えない。
彼の国、そもそも公娼制度があった、朴正煕政権の頃だ。外貨獲得のため・・・・・
いわゆる「妓生パーティー」というやつです。

台湾にもあった。「ノーキョーさん」ご用達の彼女。

アベちゃん、真珠湾で何を思ったんだろうか。知識はあったにしても咀嚼する知恵がない。
オマエ、どうすんだ、東京大空襲、広島長崎原水爆投下、ジェノサイド、民間人皆殺し思想のアングロサクソン。

「自衛のための戦争」はそれはそれでいいだろう・・・・・
しかし、僕が前にも書いてるように真珠湾奇襲攻撃に始まった太平洋戦争は明治維新軍閥の子、孫。
その意味では今のアベちゃん族と一緒、経産の世耕、外務の岸田、財務の麻生、他所の世界を知らない。
まあ、麻生太郎ちゃんだって実業家とは程遠い麻生コンツェルンですから。
そら、カップラーメンは400円くらいしてます(笑)。

結局は尻尾まいちゃって窮鼠ネコカミで全部机上の空論が敗戦。

評論家では、進も地獄、引くも地獄なんていう大学教授もいるが、そんなことなら政治なんていらない。
まあ、陸軍大将が内閣総理大臣でしたから、知恵もヘッタくれもない、ただ勇ましいだけ。
だもの、神風特攻隊だの人間魚雷だの、一億総玉砕だのという、人間の生き死になんて考えてない。

まあ、ハワイ、真珠湾だけボコったってアチラ、痛くも痒くもない・・・・・・
どうせ負けるんなら、西海岸上陸作戦くらいできなくちゃあ、止めといたほうがよかったかも(笑)。
もちろん、西海岸には石油たっぷりあったし。
  


Posted by 昭和24歳  at 14:17Comments(0)

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