2016年11月03日

黒田バズーカはスカシ屁

黒田バズーカはスカシ屁


日銀が物価2%上昇を29年度から1年程度先送り 決定会合、追加金融緩和は見送り
 日銀は1日、金融政策決定会合を開き、2%の物価上昇目標の達成時期を平成29年度中から「30年度ごろ」へと1年程度先送りした。消費不振で物価が伸び悩んでいることに対応した。これに伴い黒田東彦総裁は30年4月までの任期中の達成を事実上断念した。

 一方、原油価格が上昇し、雇用情勢も改善しているとして、追加の金融緩和は見送った。

<抜粋引用:産経ニュース 2016.11.1 12:21更新>
http://www.sankei.com/economy/news/161101/ecn1611010016-n1.html

>消費不振で物価が伸び悩んでいることに対応した。

まあ、わかりませんねああいう人たち・・・・・

「消費不振で物価が伸び悩み」って、そもそもなんで「消費不振」で、鶏が先か卵が先か論で、滑って転んでます。

「物価は伸び悩んでいません」ただ売れてないだけです。少なくとも消費税分だけは段階的に上がってます。物価は。

物価だけ上がって、賃金下がって、年金も下がって税金だけ上がったらそんなもん国民生きてけません。

金はあるのに使わない。政治家一族郎党でみんなポケットに入れちゃうんだから庶民には回りませんね。

まあ、お金ならあるわけです。880兆円の現預金(麻生太郎財務大臣)。

「昭和二十一年二月十七日」

今日の出来事・・・・・

突然お金が自由に使えなくなった。日本中、一人残らずである。

なにせ「一人残らず」なのだから困るようで、困らない。
もっとも、いつの世も、そう決めた「エライ」連中はその限りではないのだろうが。

とにかく、皆が一緒なのだ。

もし自分だけ金が無くなったのなら、それは「貧乏になっちまった」、ということだが・・・・・
でも一斉にそうなったから、金持ちも貧乏人も居なくなった。
ということになってしまった。妙な体験であったろう。僕らの親世代。

とにかくあらゆる預貯金が全て封鎖され、一銭も引き出すことが出来ないのだ。

誰も彼もが面食らっていた。

“昭和二十一年二月十七日『金融緊急措置令』が出たのである。

それは、「新円切替」というものらしいが、そうなるとどうなるのかが、もう一つ良く分からない。

その点が何とも不安だった(とか)。

今、手元にある紙幣も3月3日以降は通用しなくなる。

2月25日から3月7日までの間に、今の紙幣は全て新券と交換しなければならない。
そしてその交換額は、なんと「一人百円まで」なのだという。

皆、慌てた。人々は物に交換しようとするが、商人は売り惜しみをする。
そりゃそうだ。品物を売って、金を貰っても一定額以上は使えなくなるというのだから。
商品として温存して置いたほうが得に決まってる。

新円に切り替わったあと売れば、新円が入ることになる。そして新円は自由に使える。
あれやこれやで商店から一斉に物が消えた。
つまり利敏い商人は「売り惜しみ」、商品を隠してしまったのである。

さ、困ったのは闇屋だった・・・・・・

しこたま儲けた金が全部パアになる。いい気味だ、という気がしないでもない(笑)。
かくて一時的にインフレは止まることになった。

ところがこの預貯金封鎖、五円以下が除外されたものだからさあ、大騒ぎだ。
銭湯も魚屋も釣銭がない。皆小銭を抱え込むから出回わらないのだ。
止むを得ず各商店では、その店だけで通用する券を出して急場を凌ぐ。

“2月25日”を過ぎて新券に交換に行ったら、新券の印刷が間に合わないらしく代わりに証紙を呉れた。
今の政府、役所と、やることは変わらない。とにかく好い加減、行き当たりばったり・・・・・・
その証紙をこれまでの「札に貼って」使えというのである。

新券には十円札と百円札しかない。やがて新十円札なるものが出回わったが、そのデザインを見て日本中が呆れかえった。

新円の十円札の図案は「米国」と言う文字になっていた。

いくら占領下とは言え、アメリカに合併されて州になった訳ではない。
一応、政府も国会もある日本国なのに、何故お札が「米国」なのだろう。

新多昭二著“敗戦から再建までの長い日々”引用。

こんな時代が今なら、因みに『クローズアップ現代』はそれをどうドキュメントするのだろう・・・・・

これは僕の父母、姉たちの時代の話。
しかしそれは現代とは比べるべくも無い時代だったと想像する。

「労働して、夫婦仲睦まじくしてやがて子ができて、成長を楽しみに、一生懸命働く。
それが私の若いころの男性の姿だった。」

僕の場合もあれから30余年・・・・・
そんな娘たちにも子どもができて、
僕も、僕の父母たちの道程を反芻している。

僕らが育った時代・・・・・・・

戦争に負けて、何もかも失って、全く新しくやり直したそんな時代。

そして高速道路ができ、新幹線が走り、空港ができて、そんな僕らまでがなんでもないように海外に出かける。
その焦土の街には高層ビルが林立し、
商店と言う商店にモノは溢れかえり、真っ暗だったそこには24時間、四六時中、煌々とする。

何もかも不自由はなくなった・・・・・

暑いといえばどこの家にもエアーコンディションが。
寒いといえば、エアコン、ハイテクのストーブが。
腹が空いたといえば、いつでもどこでもその空腹は満足させられる。

そんな素晴らしい時代が、一体どうしたと言うのだ。
なにが不満だと言うのだ、なにに怒っているのだ・・・・・

子捨て、子殺しは僕らの子どもたち世代。
そして親殺しが近頃、50代が80代の親を・・・・・それは僕らの世代。

そして、あれほど誕生を喜んだ子どもに殺される僕ら世代の親もいる。
あれほど愛し合って暮らしてきたのに、殺しあうかつての恋人同士がいる・・・・・・

時間てそんなに残酷なモノなのか。

でも、“昭和二十一年二月~三月”

なにもかも失わなければ僕らは気づかないのだろうか・・・・・
だったら、何もかも壊れてしまった方がいいのかも知れない。

ひとつ、ひとつ、間引きされるように壊れていくくらいなら。

黒田バズーカはスカシ屁
  


Posted by 昭和24歳  at 18:27Comments(0)

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