2013年06月06日

昭和54年6月6日(水)

昭和54年6月6日(水)

高崎郊外の産院で産声を上げた次女・・・・・

畳の病室だった。

生まれたばかりの次女をすぐ横にママの顔はくもっていた。

「ママ、泣いてるの?」

長女ののそんな言葉に、ママは無理して笑ってみせた。

「パパ、赤ちゃん・・・・・足が・・・・・」


そういってママは体を起こしながら赤ちゃんの初着の裾をまくってみせた。
ちっちゃな、ちっちゃな両方の足首に添え木があてられ、包帯が巻かれていた。

「すぐ手術したほうがいいだろうって、先生が」

それから、3日ほどして早めに退院すると、参院の先生の紹介で高崎市内の整形外科へ。

「ああ、2万人にひとりの赤ちゃんですね。」

整形外科の先生は言うには「先天性内反足」という、奇形だと。

「大丈夫、お母さん、お父さん、赤ちゃんの足柔らかいし・・・・・
3歳くらいにはちゃんと歩けます。まあ、外形はふくら脛の筋肉とアキレス腱が発達しづらいので、
それと、お誕生くらいまでは石膏ギブスしなくちゃいけないし、その後は小学校低学年まで矯正装具を・・・・・」

生まれて3日で次女はその曲がった両足首を、手術というより「施術」。

先生が無理矢理に・・・・・

「お父さん、しっかり赤ちゃん抱いていてね」

そう言うと、先生は次女のその足首をギュギュッ、ギュギュッと・・・・・

次女は悲鳴を上げるようにして泣き叫んだが、最後には声にならなかった。

生まれて、3日目で一生分の涙を流した次女。

それから毎日、整形外科通院が始まった。

6月生まれ。ちょうど梅雨時で、太ももまで石膏に固められた両足、お風呂にも入れない。

半年位は痒がって泣いてばかり・・・・・

それでも、オッパイはたらふく飲んで、丸々太って、ちょうど半年後石膏ギブスが外れて、

革の矯正ギブスに。

半年でようやくお風呂に入れた次女、なんとも気持ちよさそうに僕の腕の中で、キャッキャと。

それから、保育園、小学校。その小学校では矯正装具をつけながらミニバスケットの選手に。

そんな障害をお首にも見せずに天真爛漫・・・・・

「優ちゃんは、明るくて、元気良くて、面倒見が良くて」

小学校の担任の先生もそのことを気にしてくれているのか、時々学校での様子を話してくれた。

そして中学でも「バスケット部員」で、その頑張る姿にいつも目頭が熱くなった。

そんな次女、優が今では三人の子どものお母さん。

今頃きっと、家族で「誕生日」を祝ってることでしょう・・・・・・



満1歳のお誕生の時。

昭和54年6月6日(水)

  


Posted by 昭和24歳  at 20:07Comments(0)

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