2013年03月15日

高崎から喫茶店が消えた!??

高崎から喫茶店が消えた!??



とにかく古い、昭和40年代からあるわけだから・・・・・
そう、たしか、わがプラネッツのリードギター、時夫ちゃんのお気に入りのオネーサンがいた。
「コンパル」!!



さて、僕のファースト「喫茶店」は何時のことだろう・・・・・

とはいうものの、全くコーヒーが駄目な僕なんだが、それでも無理をして、

あの苦い、胸焼けのする琥珀色した飲み物を。

そしたらコレ、↓

緑茶、コーヒーで脳卒中リスク減=8万人追跡調査―循環器病センター
 緑茶やコーヒーをよく飲む人ほど脳卒中になるリスクが軽減されるとの調査結果を、国立循環器病研究センターなどがまとめ、米医学誌「ストローク」(電子版)に発表した。
<抜粋引用:時事通信 3月15日(金)8時22分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130315-00000029-jij-sctch

そうですか、「緑茶」でも・・・・・

高血圧症の僕としては、朗報です!!

で、高崎の「喫茶店」。あすなろが再開とかのニュースですけど、ほとんど消えちゃいましたね。

どうしちゃったんでしょうか、まあ、ガストとかが街中に、その代用であるけど・・・・・

で、僕が初めて「喫茶店」に入ったのは、もちろん高校生は出入り禁止の時代(笑)。

多分、エレキバンドの仲間と行ったオシャレデパートのとこの「ナポリ」か?

否そうではない。昭和40年も明けたばかりの頃恐る恐る、胸を高鳴らせ始めて入ったのが、

本町三丁目の「あすなろ」ではなかったろうか(間違っていたら乞う連絡)。

たしか、やはりエレキバンドの先輩に連れて行ってもらったような記憶がある。

その「あすなろ」はもうひとつ、鞘町の学陽書房の隣あたりに映画館と並んであったように憶えている。

何でもその「あすなろ」はクラシックを専門に聴かせる「音楽喫茶」で、

リスニングルームも確かあったのではなかっただろうか。本町三丁目のそれとは大分趣を異にしていた。

時にはそこ「あすなろ」では群響の楽団員の人たちがコンサートをやっていた。

もとも僕の場合はクラシック、交響楽と言った高尚な芸術はチンプンカンプン。

なにせ、その頃は「エレキ」に夢中で誰と行ったのか・・・・・

いや、誰に連れて行ってもらったのかさえ全く憶えていない。

ただ、一、二度、入ったような気がするだけだ。

僕はもっぱらその手前、うなぎの「銀直」の隣辺りの、床屋の二階の喫茶「コンパル」だった。

エレキバンドで出演していたダンスホール「みゆき」の休憩時間にはいつも、

メンバーとそのコンパルへはよく通った。

そうだ、連雀町だったかの噴水のある「喫茶ローマ」なんてぇのもあった。

そこには早い時期、昭和40年頃から高経のハワイアンやらウエスタンとか・・・・・・

フォークソングをやるバンド演奏をやっていた。

うなぎの寝床のような間口2軒ほどの細長い店だったが、

その一番奥まったところにステージのようなものがあったように憶えてる。

そうした意味では、それは古きよき時代だったのかもしれない。


あの頃の喫茶店といえば・・・・・

駅前の「喫茶うえの」。カウンターだけの小さな喫茶店。

その隣には「キングバー」なんていうのもあった。

ロータリーの所には、「喫茶ブリッジ」。

ジャズを専門に聴かせる「モーニン」なんて言うのも・・・・・

八間道路の「喫茶モリエ」・・・ここは僕が小学校の時から在った。

同級生のお母さんがやっていて、どう言う訳か「アベック」と言う徒名でそいつを囃した覚えがある。

兎に角、「喫茶店」と言うと、「アベック」を連想させた。

あの頃は「同伴喫茶」なるものも流行った。

まだ町には車などそうは走ってはいない時代だったし、

流行かどうかは知らないが僕らが色気づいた頃は「連込み」。

いわゆる「さかさくらげ」と言うやつだったが、まだ僕らはその「連込み」に入る歳ではなかった。

ませた同級生や先輩からそんな話を聞くのが精々で(^^ゞ

もっぱら僕らは「キャンドル」、「キャメル」、「マーセル」など等と・・・・・・

若い男女の秘め事に重宝させてもらっていたようだ。チョイト気恥ずかしいが(笑)。

話を繰り返すが、僕は「珈琲」とやらが全く駄目。

今まで正直な所そのコーヒーとやらを「飲んだ」と言う記憶はない。

今まで一切口につけない・・・なぜか判らない。

あの「珈琲」の香は嫌いではないのだが(好きではない)、

仕方なしに飲まされると胸焼けが酷いのには閉口する。

ついでに、「タバコ」も生れてこの方吸ったことがない。

もちろん、未成年の時は特訓をしたがその成果はなかった。

ただし、アルコールはその限りではないが・・・・・

「喫茶店」と言えば・・・もう昔からのそれはあまり見られない。

あまりと言うかほとんどなくなっているのではないか。

一時隆盛を極めた、喫茶「いわと」、さきの名曲喫茶「あすなろ」・・・・・

今も昔をしのばせるのは柳通りの「ゲレンデ」くらいだろうか。ここは古い。

とは言っても昭和40年代の中頃からだろうか・・・・・

マスターが中々の男前で「お水」のお姉さん達の憩いの場であったようだ。

しかしそれも、数年前に閉めて今はその名残だけが。

そうだ、僕がニュージャパンでドラムを叩いていた頃はもっぱらお堀端の喫茶「プリンス」か、

その同伴喫茶の「キャンドル」。

その「キャンドル」、二階席が同伴専用席になっていた。

昭和47年頃はモータリゼーションか、既に「同伴喫茶」の趣も薄れ・・・・・

店によってはスナック喫茶風に趣を変えていった。

柳川町のど真ん中には「スクール」なんて言う喫茶、田町通りの喫茶「アラスカ」、

新町の「くらくら」、今のさやモールの「コンパル」、ご案内のように当時からだから、

その「コンパル」は、わが街高崎、青春の「世界遺産」ではないだろうか!!

高崎から喫茶店が消えた!??

  


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2013年03月14日

TPPと日米安保と日米地位協定

TPPと日米安保と
日米地位協定




密約によって米兵犯罪は見逃されてきた!日米地位協定にひそむ密約の闇とはなにか?国家による情報隠蔽の驚愕すべき実態とは?「安保50年」のいま、日米関係の不平等を徹底的にあばく画期的ルポルタージュ。


「主権回復の日」式典、4月28日開催を閣議決定
 政府は12日午前の閣議で、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効した「主権回復の日」に当たるとして、4月28日に政府主催の式典を開くことを決定した。自民党が昨年の衆院選公約に掲げ、実現を目指していた。

 同条約は51年9月、第2次大戦の対日講和会議で調印された。52年4月28日に発効し日本が主権を回復した。ただ沖縄や奄美群島などは本土復帰まで米軍統治下に置かれ、式典開催に反発する声もあるという。

 こうした経緯を踏まえ、菅義偉官房長官は8日の閣議後の閣僚懇談会で「沖縄の苦難の歴史を忘れてはならない。沖縄の基地負担の軽減に取り組むとともに、沖縄を含めたわが国の未来を切り開いていく決意を新たにすることが重要だ」と指摘した。

 安倍晋三首相は7日の衆院予算委員会で「主権を失った7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」と意義を強調していた。

<引用:産経ニュース 2013.3.12 10:27>
ソース:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130312/plc13031210280005-n1.htm

>安倍晋三首相は7日の衆院予算委員会で「主権を失った7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」と意義を強調していた。

安倍ちゃん、あんたが生まれたのは・・・・・

そのサンフランシスコ講和条約発効の2年後ですよ(笑)。

まあ、自民党政権っていうか「55年体制」っていうか、その政治は右顧左眄の連続。

まっ、今更「独立」がとか、「主権」がとかは、ちゃんちゃら可笑しい話です。

そもそも軍事的どころか、民間航空機が自己の空を自由に飛べないという、

「制空権」まで制圧され、自民党第三世代がまさに門前の小僧習わぬ教を読むである。

そこにある、日米安保もひいては日本国憲法も、その実態はその上にある「法律」・・・・

つまり、「日米地位協定」という日本国内で最も優先するそれを隠して何をか況やではないか。

まあ、「今の若い人」と、それを言うなら田中角栄内閣、そんな時代だったら、

「ナルホド」なんだが、見事に潰されたし(^^ゞ


横田基地を中心に上空“7000メートル”

西は静岡西部(静岡空港手前)、から長野(松本空港手前)、
北は新潟空港手前、東は福島空港手前・・・・・

その辺りの立方体空域が完全、完璧な米軍管制空域で、その軍事管制空域に無断で侵入は“撃墜”の対象。

あの維新の石原慎太郎の“横田基地返還発言”も米政府が絶対にゆずらないことを前提の“勇気”ある発言だとか。

制空権・・・・・

その意味ではこの日本国土、米軍基地上空は米軍の軍事管制空域。

ところで、米国政府の“国防軍事費”は総額“47兆円”(4175億ドル)・・・・・

今日、日米安保不要論とか、自主防衛論とかの意見もあるが、
ともあれ、“日米安保”抜きでの“同盟関係”を維持したとしても、そのことでいつ米国とかつてのように“戦闘状態”にならない保障はない。
それはともかくとして、この60年以上もつづいている“平和状態”が近隣をみれば、
米国の占領状態にある“韓国”でさえ国軍を持ち徴兵制をしく・・・・・

結局、“戦争と軍事”は人間の性のようなもので、その意味ではある種“生命保険”と“損害保険”のようなもので、
何事もなければ“掛け捨て”ムダだが、一朝有事、ケガ、疾病、火災などの不幸に見舞われればやはりそれは助けになる。

考えれば、米国にとって“軍事”は日本で言う“公共事業”である。
米国国家予算総額“240兆円”の約“18%”

そうなれば、日本の国防予算は“GDP1%”なんていうことは言ってはいられない。
早い話が、実際問題として日本の公共事業費がデタラメに使われていることを前提にしても、
もしその半分が“25兆円”相当が国防費に使われるとしたら、
その国防費がただの“保険”というわけには行かなくなるのは必然ではないだろうか。

それは戦中のほぼ国家予算の全額を戦争、軍事に投入するはめにまで陥った経験からして、
そこまでの国防予算の投入は、それは“国防”に留まらず、その軍備の使い道を国内外に求めることになり、
必然、同盟国と肩を並べ戦争を演出し海外派兵ということになり、ひいては近隣諸国とも軍事的緊張を高め、臨戦態勢を演出。

結果、国民は徴兵され、その予算の消化に、平和と防衛の名のもとに命を提供せざろう得ない。

まだまだこの国は“戦後”状態を脱却していない。

高度経済成長も、戦勝国米国の“公共事業”の賜物、言うなれば今日の繁栄もそれの賜物。
吉田ドクトリンが選択した“経済復興”優先政策も裏を返せば“火事場泥棒政策”で、
朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボジア、アフガン紛争、中東戦争・・・・・

そして今日、その“平和和的利益”は回収され続ける。

国民生活・・・・いわば戦前の“臣民”の生活はその中でさらに困窮差を増す・・・・・
考えてみれば、国家がそんなにお人好しのはずがない・・・・・

その意味でのニッポンはとっくの昔に取り戻された“美しい国”である。

教育基本法で“公教育の充実”をいうが、それを言う国家に“公教育”を受けた者がいるか?
安倍ちゃんをはじめその世襲の多くが「私学」である(笑)。
となれば、その公教育とは“国民皆兵”に等しく、“国民皆保険”に、さらに等しい。

現実、国民年金などは月額6万円の満期支給で生活しろと言う・・・・・
その6万円は公共料金で消えるほどの額でしかない。

では、空気でも吸って生きろと言うのか。
しかし、その空気も今や汚く薄汚れている。
では、早く死ねとでも言うのか・・・・・・

生保(被生活保護長期療養高齢者)患者はそうした病院の格好のお客様である。
モノが食えなくても茎管栄養で、死ぬまでは月額25万円ほどの支払保証(国家)のある“お客様”。
特別の医療処置はいらない・・・・家族もそれを願ってはいない・・・・・
それは本人もそうだろうが、国家(医療機関)がそう簡単には死なせてくれない。

それほどに、すでにこの国は、取り戻された、挙句が“美しい国”なのだ。

今では自民党の長老とかの伊吹文明元文科相が・・・・・

「日本語もまともに話さないのに英語教育はいらない」

とか、いって公教育の小学校からの英語教育は不要だとか。

しかし昨日の再チャレンジ新総理の演説に、どこにまともな“日本語”があっただろうか。

カタカナ文字の羅列と聴き取り難い日本語の発音。

“美しい国日本”を言うなら、せめて美しい日本語を・・・・・

いや、せめて“普通の日本語”を喋ってほしいものだ。

しかし、政治がますます「幼稚化」しているような気がしてならない。

今更の「サンフランシスコ講和条約」云々もそうだが、軍事制圧されていては・・・・・

まして、莫大な「占領費」を思いやらされていては主権もヘチマもないだろう。

TPPと日米安保と
日米地位協定
  


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2013年03月13日

PM2.5と、黄砂と中国の大気汚染!??

PM2.5と、
黄砂と中国の大気汚染!??




都心で大気かすむ 気象庁「黄砂ではない」
 乾いた微粒子により、水平方向で見通せる距離が10キロメートル未満となっている状態で、気象庁では「強風が吹いてほこりが巻き上がったもので、黄砂ではない」としている。
<引用:産経ニュース 2013.3.10 14:52 [天気・気象]>
ソース:http://sankei.jp.msn.com/science/news/130310/scn13031014530004-n1.htm

>「強風が吹いてほこりが巻き上がったもので、黄砂ではない」

どう見ても「黄砂」でしょう(笑)。

高崎だって、日曜日の強風で空、黄色だったし・・・・・

まあ、日本も高度経済成長期には大気汚染がブンブンだったし(^^ゞ

川崎病とか、イタイイタイ病とか、水俣病とか。

それに日本の河川という河川、魚が棲めないほど汚染されまくってたし。

僕らが20代の頃の江戸川とか隅田川とか、水路の神田川なんかもブクブクしまくってたし。

まあ、日本の大気汚染は太平洋に流されて希釈されたけど・・・・・

中国の大気汚染はそっくり日本に流れてきますね。

まあ、それって四の五のいったところで自然現象だから中国の公害はともかくとすれば、

あまり文句の言える話じゃあない。まあ、日本がお金を出して中国の公害対策をでしょう。

で、黄砂なんだけど中国のゴビ砂漠からだし、まあ、それって「黄砂」だけじゃあなくて、

中国のゴビ砂漠での大気圏核実験での「死の灰」ずっと流れ込んでたわけだし・・・・・

そんなわけで、このところの「発ガン」も大きく影響していると思う。

まあ、中国の重工業化は日本のレベルじゃあないし、しかし、言ってみたら、

日本の製造業も中国に進出しちゃって「公害」ブンブンなんだろうから中国責められません。

っていうか、中国の大気汚染は「日本のせい」とか言われちゃってるし(^^ゞ

まあ、日本の製造業も中国進出はいいけど「大気汚染」とか公害問題の責任取らされた日には、

そら、いくら請求されるかわかったもんじゃあないわけです。

まあ、どうせ日本の中国進出した大企業が責任取るわけないし、日本政府・・・・・

つまり日本国民に莫大な請求書が突きつけられちゃう(笑)。

まあ、いつも一般国民大衆が被害者です。おとなしく従っちゃうし(^^ゞ

で、今朝の上毛新聞でもコレ、↓

・・・・と思ったら、ネットでは上毛新聞「PM2.5」の報道は無し(^^ゞ

朝刊トップで報道してるのに、どういうわけなんでしょうか???

で、古いソースだけど、コレ↓

 中国から飛来が懸念されている大気汚染原因の微小粒子状物質「PM2・5」について、県は7日までに、国が示す注意報の発令基準よりも厳格に運用する独自基準を策定した。県内3地点のうち1地点でも早朝の濃度が高まれば発令し、終日解除せずに注意を喚起していく。新年度以降は測定地点を増やし、監視態勢を強化したい考えだ。
<抜粋引用:上毛新聞ニュース 2013年3月8日(金) AM 07:00>
ソース:http://www.jomo-news.co.jp/ns/2813626684768426/news.html

>中国から飛来が懸念されている大気汚染原因の微小粒子状物質「PM2・5」について

まさか中国に気を使ってるわけじゃあないんだろうけど・・・・・

上毛新聞とか(笑)。

PM2.5と、
黄砂と中国の大気汚染!??


  


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2013年03月13日

第二次朝鮮戦争の可能性?

第二次朝鮮戦争の可能性?



200XX年、半島は戦火に包まれた。国家破綻が目前に迫った北朝鮮は、乾坤一擲の南侵(韓国侵攻)作戦を開始した。
隣国で起きた全面戦争に、日本は否応なしに巻き込まれていく。核ミサイルの脅威を排除する為、政府は半島へ特殊コマンド部隊を投入した。彼等のコードネームは“オメガ”。
朝鮮半島動乱を小林源文が描く問題作。金正日死亡により緊急出版!



現迎撃体制で北朝鮮の攻撃防げる=米戦略軍司令官
 【ワシントン聯合ニュース】米戦略軍のケーラー司令官が12日、米上院軍事委員会の公聴会に出席し、米軍は米西海岸に配備された地上迎撃システムだけで北朝鮮のミサイル攻撃を十分に防げるとの見解を明らかにした。
 米国防総省は、アラスカのミサイル基地とカリフォルニアの空軍基地に配備する迎撃ミサイルを現在の30基から44基に増強する計画だったが、国防費の削減などを理由に最近延期を決めた。これに関し質問を受けたケーラー司令官は、「北朝鮮が今日、(米本土を狙って)限定的な攻撃をするなら、(迎撃ミサイル)30基だけで防御できるという自信がある」と答えた。
 また、戦略軍司令部の現況を説明した上で、主要課題として北朝鮮やイラン、中国、またサイバー攻撃や財政問題などを挙げた。

 北朝鮮の挑発に対する備えに関しては、全般的な活動を点検しながら調整が必要かを確認しているとし、「北朝鮮の理性的でない行為を抑止することが、われわれの最優先目標」と強調。「抑止力は、韓国との同盟を基盤にした朝鮮半島の通常戦力、太平洋軍司令部管轄地域の戦力、究極的には核抑止につながる」と説明した。
 北朝鮮の行動を予想することは、特に新指導者になってから一層難しくなったとしながらも、「われわれは北朝鮮に対し適切に対応できると確信している」と強調した。

<引用:聯合ニュース 3月13日(水)9時24分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130313-00000001-yonh-kr

>「北朝鮮の理性的でない行為を抑止することが、われわれの最優先目標」

まあ、キナ臭い話なんだが、

それにしても、イラクの時と随分対応が違うなぁ・・・・・

イラクの時は「大量破壊兵器は開発してない」「持っていない」と言ってるのに、

じゃあ、「持っていないという証拠を出せ」だったんだから(笑)。

で、北朝鮮は「核実験はしました」「米本土を狙える超距離ミサイルも開発しました」、

「ワシントンを火の海にする」とまで言ってるっていうのに・・・・・

>「われわれは北朝鮮に対し適切に対応できると確信している」と強調。

まあ、イラクを言うまでもなく、イランでもそうだが、そこまで言う北朝鮮に、

「ワシントンを火の海にする」とまで言う北朝鮮に適切に対応とか抑止は万全とか(笑)。

まっ、アメリカの情勢によっては北朝鮮、38度線突破なんてぇこともアリかもしれないけど、

そら、「軍事費」莫大になりますよね、イラクの時だって日本の拠出金は約2兆円だったんだし。

まあ、とばっちりは確実にウケますね、その時、平和憲法ニッポンはどうする!??

第二次朝鮮戦争の可能性?

  


Posted by 昭和24歳  at 11:03Comments(0)

2013年03月12日

TPPは「ジャックと豆の木」(笑)。

TPPは「ジャックと豆の木」(笑)。



豆のつるは空までぐんぐんとのびていました。
ある日、牛とひきかえに不思議な豆を手に入れたジャック。庭に蒔かれた豆からは、つるがぐんぐんと空までのびて・・・。ひょんなことから宝物を手に入れる少年の物語を、村上勉先生のすてきな絵でお贈りします。


「ジャックと豆の木」の後日談・・・・・

本来は巨人から金の卵を産む鶏、金と銀の入った袋、歌うハーブを奪ったジャックがそれらの宝物を手に母親と幸せに暮らしました、と言うハッピーエンドで終わるが、その後を描いた後日談的エピソードが描かれたバージョンもある。巨人から奪った宝物で鶏は卵を産まなくなり、袋は金と銀を出し尽くし、ハーブも歌わなくなってしまう。そこで母親が「他人から奪った宝物で幸せを掴もうとしても長続きしない。本当の幸せとは額に汗して努力で掴むものである」と言い、ジャックに麦のタネを手渡し、「この種を立派に育てて御覧。そうすればお前も本当の幸せとはどんな物か分かるよ」とさとす、と言うストーリーである。

まあ、巨人(アメリカ)から奪った宝物ですか(^^ゞ

>母親が「他人から奪った宝物で幸せを掴もうとしても長続きしない。本当の幸せとは額に汗して努力で掴むものである」と言い・・・・・


そんなアメリカなんだがなんでも大雑把です(笑)。

どこへ行っても小錦、曙クラスがアッチにもコッチにも・・・・・

LAXのイミグレだってケツの馬鹿でかい警官が腰の拳銃チャカチャカ言わせながらノッシノッシ。

まっ、日本人なんて「サイトーシングテン」が関の山ですからオロオロ(^^ゞ

つまり、身体のサイズも桁違いなら、脳みそも当然桁違う(笑)。

まあ、「大は小を兼ねる」とかだけど、それは無理だということにすぐに気づく・・・・・

まっ、「想像力の差」なんだろうけど、

あんな馬鹿でかいアメリカ人には小学生サイズの日本人の生活感は想像できません。

だって、日本人にしたってアメリカのファミレスの「馬の餌」サイズのサラダボールは、

想像できませんから。

そもそも、スタンダードが全く異なる国同士じゃあ歩み寄るって無理がありますね。

TPPが日本の軽自動車にケチつけるってぇ話も、なんなら、アメリカで軽自動車、

いわゆる660ccの自動車売れるかって言ったら、

まあ、メキシカンとかプエルトリカンとかくらいしか・・・・・

そもそも、サイズ違うし、小錦にスズキの軽は乗れませんね(笑)。

まあ、そんなわけで、日本もいっそのこと「軽」とか「普通車」とか「3ナンバー」とかっていう、

ややこしい制度廃止して、ついでに「既得権益」そのものの車検制度も廃止して・・・・・

まあ、10年くらいでぶっ壊れる車は即リコールで、PL法の製造者責任を明確にしてっていうか、

その意味じゃあ日本の「自己責任」感覚の方がアメリカより厳しい、法律が。

まっ、TPPなら、他人のせいにできちゃうわけだし、医療だってなんだって、

そら、弁護士天国だから混合診療にしたってまあ、アメリカ脳みそだから、

そんなもん「宗教論争」みたいな話で答えは出ない。

まっ、良くも悪くも「黒か白」の宗教感覚だから、

じゃあ、日本でも銃の所持を認めろみたいな話にもなりかねないし・・・・・

それにしたって神に祈る習慣のない日本人こそ、そこに想像力を働かせることはまず無理な話だし(^^ゞ

まあ、しかし、「黒船」でしか世の中が変わらない日本だから、

つまり、そこのところの既得権益集団はそら、大反対でしょうね。

まあ、農業分野でイッタラ、「ノウキョー」はブッ潰せみたいな話だし、そら「農林族」はアウトです。

それにしても、アベノリスクだし、日本の政治が日本国民から全く信用されてませんから、

ホントはTPPっていいことなのかもしれないのに、ハナから胡散臭さでアウト。

まあ、あれだけ「既得権益」とかが言われていても、国民、政治不信だからまともな判断ができない。

そら、時代がわかっちゃってる高齢者なら「岸信介=安倍晋三」じゃあ話が見え見えで、

善し悪しの判断材料がゼロです。

で、アベノリスク、未だ原発があの状態だっていうのに「安全が確認され次第」順次再稼働って・・・・・

どういう脳みそしてるんでしょうか???

TPPは「ジャックと豆の木」(笑)。

  


Posted by 昭和24歳  at 19:28Comments(0)

2013年03月12日

「氷室京介の家に火つけた」女(37)を逮捕

「氷室京介の家に火つけた」
女(37)を逮捕




「氷室京介の家に火つけた」出頭の無職女を逮捕
 群馬県警高崎署は11日、前橋市天川大島町、無職倉田美紀容疑者(37)を現住建造物等放火容疑で逮捕した。

 発表によると、倉田容疑者は11日午前5時50分頃、群馬県高崎市倉賀野町にあるミュージシャン氷室京介さんの実家にガソリンを使って火をつけ、木造2階住宅約100平方メートルを半焼させたほか、隣接する男性(63)方約35平方メートルを全焼させた疑い。氷室さんの母親(79)が逃げる際に右腕骨折の重傷、男性も顔に軽いやけどを負った。

 県警幹部によると、倉田容疑者は11日午前6時頃、「氷室京介の家に火をつけた」と高崎署に出頭してきたという。

<引用:読売新聞 3月11日(月)21時0分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130311-00001179-yom-soci

>倉田容疑者は11日午前6時頃、「氷室京介の家に火をつけた」と高崎署に出頭してきたという。

つまり、「ファン」心理っていうやつでしょうか・・・・・

まあ、の、実家って分かっていたっていうことは、まっ、何かの因縁?

それにしても「37歳女」って、上毛新聞の記事では、

11日早朝高崎署に出頭で「意味不明のことを言っている」とか(^^ゞ

っていうことは精神異常とかで責任能力なしで・・・・・

それにしても大事に至らず良かったですね。

「氷室京介の家に火つけた」
女(37)を逮捕

  


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2013年03月11日

元BOØWY、氷室京介さんの実家が全焼

元BOØWY、
氷室京介さんの実家が全焼






群馬・高崎で3棟全焼、氷室京介さんの実家も 2人けが
 11日午前5時50分ごろ、群馬県高崎市倉賀野町で火災が発生し、ミュージシャン氷室京介さんの実家など住宅3棟が全焼、隣接する民家1棟と倉庫2棟の一部も燃えた。避難の際などに氷室さんの母親ら2人がけがをした。火元や出火原因を高崎署が調べている。

 同署によると、全焼したうち2棟は無職秋山成治さん(63)方の木造平屋建て住宅約35平方メートルと、空き家だった木造平屋建て住宅約80平方メートル。秋山さんが顔に軽いやけどを負った。

 全焼したもう1棟、無職寺西正雄さん(89)方は、氷室さんの実家で、両親が住んでいた。木造2階建て住宅約100平方メートルが全焼し、氷室さんの母親の寺西さんの妻(79)が避難する際、腕にけがをした。出火当時、夫婦で家にいたという。

<引用:朝日新聞デジタル 3月11日(月)14時5分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130311-00000021-asahi-soci

今朝、早朝です・・・・・・

消防のサイレンがけたたましいと思ったら、

そうだったんですか。

>氷室さんの母親の寺西さんの妻(79)が避難する際、腕にけがをした。

氷室京介さん、実家の菩提寺に去年の8月、寄進したばかりなのに(^^ゞ

大変なことになっちゃいましたね。

でも、ご両親とも大過なくよかったです。

このところ高崎で火事が多発しているんだが・・・・・・

先日も赤坂の知り合いの近くの空家が半焼とか。

その5日にも嘉多町のそば「中よし」が全焼するという家事があったばかりだし。

まあ、昨日今日とこの強風だし、不審火も怖いですね。

ちょっと、世の中の様子が変です。

元BOØWY、
氷室京介さんの実家が全焼

  


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2013年03月11日

友の死に、生きていると言う幸せ。

友の死に、
生きていると言う幸せ。



20代という躍動の季節を共に過ごした友人の突然の死。

時間が経てば経つほど、その思い出はめくりめく・・・・・・

つい昨日まで普通に会話していたのに物言わぬ人に。

そして、生きていると言う・・・・・幸せ。

僕はそれだけで幸せ、今はそう思う・・・・・

生きていればいやなこともあるけど、僕だけの幸せも沢山ある。

むしろ、悲しいことより、うれしいことのほうが多い。

生きていることのありがたさ・・・・・

子ども達の成長の様を薄めで見ながら、その子ども達を哀しませない為にも、

それまでの己を懺悔し、善人を繕う。

実はこんないい時代はないのではないのだろうか。

日本と言うこの国の・・・・・・

これは政治の力でもなければ、「天皇を中心とした神の国」と言うわけでもない。

ここまでつづいた安寧を、壊されて堪るかと、時に奮い立つ。

今日を幸せに生きると言うことは、明日の幸せを約束すること・・・・・

それが生きていると言う・・・・・幸せなのかもしれない。

それでも、こんな僕にも悩まがあった・・・・・

「何でそれくらいのことで」

と、他人は笑うが。

僕には他人に言えない秘密がある。

妻も知らない、子ども達も知らない秘密がある・・・・・・

僕にとっては一生を左右するほどの僕の秘密。

「大袈裟な・・・・・」

と、他人は言うが。

僕が音楽に道を探る理由・・・・・

子どもの頃から、「絵画」が好きだった僕。

それは小学校の写生の時間での時・・・・・

「なんだこの色使いは・・・・・コレは色盲だな」

と、先生。

同じ学年で、200人くらいの生徒・・・・・僕だけだった。

「色盲」と言う言葉を辞典で何度も何度も読み返して愕然とした。

「先天性色覚異常」

なによりも子どもながらに「異常」と言う言葉が恐ろしく・・・・・・

しばらく塞いだのを今でも憶えている。

今はそうでもないようだが当時は、進学は工業高校は駄目、就職もそのことで門戸は限られていた。

根が、いい加減な僕のことだからそんな悩みもいつの間にか消えていた。

自分に与えられた道を歩いて今日まで生きている。

子どもは全て女の子。

男の子もひとり出来たが流産した。

長女次女、娘の子ども、二人の女の子と三人の男の子・・・・・・

女の子には遺伝しないと言われている。

しかし、今までそんな男の子の「異常」の話は娘たちからは聞かない。

人間生きていればいいことのほうが多い・・・・・・

自分が苦しむのはそれはそれで仕方がない。

それは生きている証なんだから。

他人を苦しめさえしなければ、人を貶めさえしなければ・・・・・・

そんな幸せが、不幸をかき消してくれる。

友の死に、
生きていると言う幸せ。

  


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2013年03月10日

“べーごま”一番勝負!!

“べーごま”一番勝負!!



そうだ、高崎の床は四角・・・・・・
みかん箱だった。




今日はわが長女の12回目の誕生日である。

そんな娘に書き残す昭和人から平成人への徒然と洒落てみる・・・・・

“ベーゴマ”

街中にある“人力屋”(?)だったか・・・・・・

そこで何年か前、末娘が小学校1年の頃(この春中学生)のこと。

その人力屋で“ベーゴマ”のセットを買った。

やはり僕は遊びの“天才”である(笑)。

いや、僕ならずとも僕ら世代はほとんどが遊びの天才であった・・・・・・

“昔とったキネズカ”で早速家でダンボールのみかん箱とアンパンマンのレジャーシートで俄仕立てに、

べーごま遊びの“床”(“所”かも?)を作った。

太目のカツ糸の端を4、5センチあまらせて2センチほどの間隔で二つの結びコブを作る。

そしてその端に唾をつけて撚りをほぐし“べっちゃ”っとさせる・・・・・

「パパ、汚い!」

「なにが汚いもんか、ここをこうしないと確りとコマを巻けないんだ。
しっかり、きつく巻けば巻くほどコマはモーレツに回転するんだぞ!」

娘は“苦い”といったような顔をし、“ぺっ”と唾を吐きながらカツ糸をなめた。

「気持ち悪い・・・・・」

「バカ、そこが勝負どころなんだ!」

そう言いながら僕は子どもの頃のベーゴマの“身上丸”とか“大将丸”の話をした。

「うそーーーー、そんで、儲かったの?」

「儲かったさ。もちろんお金になったわけじゃあないけど、勝ったベーゴマは土の中に埋めて錆びさせるんだ・・・・・
そしてその錆びたベーゴマにヤスリをかけたりして強いベーゴマにするんだ。
“ペチャ”とか“高”とかいってみんなが強いベーゴマを作ろうと工夫をする・・・・・・」

何度やっても娘はベーゴマが上手く負けない(笑)。

弱々しくほどけてしまうか、やっと負けたと思ったら“たらっ”と力なく回るだけ。

「ほら、こうやって巻くんだ・・・・・・」

そう言って僕は唾のたっぷり染みこんでガッシリと巻きつけたベーゴマを・・・・・・

勢いよく“床”をめがけて“ビュッ”とベーゴマを落とした。

“ブーーーン!!”

それは唸りをあげるようにしてまるで“どうだ!!”といわんばかりに回った。

もうひとつのベーゴマをすばやく巻いた僕はその勝ち誇ったような先手のベーゴマにぶつけるようにして投げた。

そうだ、ベーゴマにはルールがあった・・・・・・

“突きあり”か“突きなし”とかの。

そして“のっけあり”か“のっけなし”

そしてもうひとつの“ウルトラC”は逆巻きの“投げ”。

この投げは相当の熟練したテクニックが要求された。右回りのベーゴマに対して左回りに回転させる。

とくに“ギッチョ”のやつと勝負する時にはその技を使わないと勝負にならないことがあった。

相撲で言えばガップリ“四つに組む”という技である・・・・・・

床の上で二つのベーゴマが勝負のつかないまま先手のベーゴマが止まりそうになる。

その時にもひとつのルールがあった・・・・・・

“取りあり”か“取りなし”のルールだ。

本当は“チッチッチッ!!”で同時に投げるので勝負がつかない場合は先に止まった方が負け・・・・・

そこで未だ回転しているほうのベーゴマの主が、相手のベーゴマが止まったと見るや、

“とうっ!!”

と言って片手で掴む・・・・・

そこで上手く掴めたら勝ち。もし少しでもこぼれそうになったらその勝負は引き分け。

そしてその掴み方にもルールがあった。“クソ掴み”は御法度だ。

素早く“サッ”と掬い出すようにして掴まなければ勝負は無効になってしまう。

もちろんそこにいる悪ガキが審判だ。

当然“ズル”はできない・・・・・赦されない。

それらのルールに“ズル”するなり“ファウル”をするとそこでの勝負から“ハジキ”にされる。

そんな僕の話に娘は・・・・・・

「パパの子どもの頃って凄かったんだね」

「そうさ、メンコだって自分で油を染み込ませたり、それをカツ糸で縫い合わせたりして、勝負メンコを作ったんだぞ」

娘は、感心しているのか呆れているのかわからないような顔をして・・・・・

「で、パパって・・・・・本当に勉強嫌いだったの?おばあちゃんが言ってた」

そんな娘が12歳、いよいよ中学生だ。

昨夜テレビのニュースで“30年後の日本”のようなことを言っていた。

「30年後・・・・・アタシ42歳。パパは、94歳・・・・・」

そう言って娘はため息のようなものをつきながら僕を見つめた。

あっ、娘とは次女の長女、つまり、孫娘です(笑)。

“べーごま”一番勝負!!

  


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2013年03月09日

虚脱感に色即是空、空即是色

虚脱感に
色即是空、空即是色


連れ添うようにして逝った、先輩と後輩。

日が経つにつれ去来する永い永い思い出に止めどがない。

それは、今までの「それ」とは全く異なり彷彿とする感慨がそこにある。

遠からず、僕もそうなるのだろうという思いと・・・・・

人はその一生を閉じるとき、どんな思いに至るのだろうか?

すべての痛みや苦しみから解放されるその瞬間に去来するものは一体?

侵された肉体とは別に「精神」という意識は瞬時にその生涯を逡巡するのだろうか?

その涅槃の面にはかすかな微笑みさえ見えた。

人は一人では死ねない。多くの人の手にささえられて旅立つ・・・・・

まだ「あなた」の、「君の」死が信じられないのは、

僕の歳のせいなのだろうか?

虚脱感に
色即是空、空即是色

  


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2013年03月08日

北朝鮮「ワシントンを火の海に」

北朝鮮
「ワシントンを火の海に」





北朝鮮、「休戦白紙化」表明 米韓への態度硬化「ワシントン火の海に」
 韓国の聯合ニュースによると、北朝鮮は過去にも休戦協定を「有名無実化した」「事実上の白紙化」などとしたことがある。が、全面的に白紙にすると主張したのは初めてという。

 北朝鮮は米国に対しても、「ワシントンも火の海にする」と対決姿勢を強調。その一方で、先月末には米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマン氏を招待。金正恩第1書記はともに米プロチームと北朝鮮チームとの試合を観戦し、同氏に「オバマ大統領からの電話がほしい」と託す柔軟な姿勢も示していた。米韓政府筋はこれを、「米韓分断工作」とみる。ただ、金第1書記の“ラブコール”に米側は冷ややかだ。
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<抜粋引用:産経新聞 3月7日(木)7時55分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130307-00000098-san-kr

>北朝鮮は米国に対しても、「ワシントンも火の海にする」と対決姿勢を強調。

まあ、アメリカ政府も財政難で軍事予算が・・・・・・

で、TPPだかなんだか知らないけど、よくよく考えたら、

日本は技術立国ですから少しばかり円安にして、つまり、フォアグラです。

あんまりやせ細っちゃったら「食えません」から、そこそこ太らせて、

そら、韓国がどうのこうの言ったって、FTAとかで韓国財閥は全部、いわゆる国際金融資本にだし、

国際金融資本にしたら、韓国から搾り取る算段は限界かもしれません。

当然、いわゆる韓国企業の産業スパイだってアメリカ仕込み、基礎技術までは盗めませんから(笑)。

結局、サムスンがシャープをとか言っても、サムスン自体が国際金融資本ですから・・・・・

まあ、「シャープさんに頑張ってもらいましょう」ってぇ話です。

その意味では「TPP」は第三の「黒船」かもしれませんね。つまり、官僚国家をアレします。

まあ、あらゆる分野で規制がんじがらめ、既得権益集団だけでボロ儲けで、

まあ、農業なんてその典型ですから、そら、いわゆる「タメ屋」が下水道の水洗化で廃業になった今も、

市町村、その「タメ屋」に廃業での損失に補助金出してますから。

そういうふうに、ありとあらゆるところに政官とがグルになって「既得権益集団」をガチにしちゃって。

で、TPPで「軽自動車」の優遇がなくなるとか騒いでいるけど、ホントはTPPは、アレです・・・・・

普通自動車の「悪弊」をとっぱらって、車検制度の廃止とか諸々の税金の廃止とか。

つまり、軽自動車の優遇をなくすというより、普通自動車を「軽自動車並み」にする。

まあ、税金も、県税でなくて、もっと税率を軽減化して「市税」にするといったような。

まあ、あの自動車っていうか「陸運局」とかっていうところほどガチな既得権益集団はありませんから。

それと、免許制度もです。ここも交通安全委員会とか言って「警察」の既得権益ですから・・・・・

まっ、そんなもん全部税金で官、天下り集団に取られちゃってるわけですから、

それをなくしたら、ほかに消費することもできますから、庶民、生活費に。

そのほうが、よっぽどお金が世の中に回りますし。

それと、国民皆保険制度にアメリカがっていうけど、これも医師会とかの既得権益。

莫大な医療費と製薬会社の関係もまあ、TPPがぶち壊しちゃいますから、そら反対しますわね(笑)。

まあ、平民なんてそういう目に見えない制度、法律でピンハネされまくりですから、

TPP大歓迎かもしれません、ホントは。

まあ、そんなわけで「北朝鮮」の「ワシントン火の海」はタチの悪いジョークで・・・・・

アメリカ様もいよいよ詰んできちゃったんじゃあないでしょうか、「財政の崖っぷち」とか。

北朝鮮
「ワシントンを火の海に」


  


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2013年03月07日

葬送の日々に・・・・・

葬送の日々に・・・・・





昨日、一昨日と、友人の先輩(65歳)後輩(62歳)を葬送。

共に10代の頃からのバンド仲間。

よりにも寄って、連れ添うように逝ってしまうとは夢々でした。

数十年というお付き合いの中、良かった時もあれば、苦しかった時も・・・・・

それでも、その都度、「音楽」を媒介にして今日まで続いた「友人」という絆。

昨日、一昨日の葬送に、いなくなって初めて気がついたこれまでの彼らへの感謝。

昨日の、後輩のそうそうは特に、「病」と知っての40年ぶりのバンド大結成。

月一で、その病をおしての東京でのセッション・・・・・

今思うと、そこでの頑張りが、彼の命を奮い立たせたのかもしれない。

20代の若き日々をミュージシャンを夢見た東京での生活を思い出しながら。

それも、ミュージシャン、音楽家として大成しいた仲間がそれを快く迎えてくれて。

セッションでは40年前の昔のままの会話がそのスタジオ内に・・・・・

そこでのその後輩のドラムは限りなくタイトだった。とても余命が、とかのそれではなかった。

打ち上げの「飲み会」でも、彼を中心に昔話に花が咲いた。

昨日の葬儀、告別式にはそんなミュージシャンの友人たちも彼を送るための演奏を。

そんな演奏をする彼の友人の横でスティックを振る彼の遺影が、とても楽しそうだった。

そんな彼の友人同士のお清めの席でも彼の思い出話に話が咲。

未だ、走馬灯のように駆け巡る、後輩、彼との数十年間に思いを馳せたとき・・・・・

彼の「追悼ライブ」を、という話も出た。

それは一つの時代の終わり、そしてその始まりはある種、決別の覚悟。

どんな明日があるのかはわからないが、僕らの余命、死ぬまでは生きているし・・・・


葬送の日々に・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 11:45Comments(0)

2013年03月05日

アベノミックスの本性(´Д`)

アベノミックスの本性(´Д`)



安倍自民党は野村證券株式会社及び和正岩田、日本副知事の元世界銀行による50000000000000円(5580億ドル)に達することが外国の有価証券を購入するための基金を検討することを約束した。JPモルガン·セキュリティーズ·ジャパン株式会社は、合計がその二重かもしれないと言います。購入はさらに国家がその第三を通して苦しみとして4ヶ月で償却して12パーセントを持っている通貨弱める不況 2008年以来です。
<抜粋引用:ブルームバーグ 2013年1月15日3:37 AM GMT +0900 >..
http://www.bloomberg.com/news/2013-01-13/abe-aids-bernanke-as-japan-seen-buying-558-billion-foreign-debt.html

ブルームバーグ英語のニュースで「安倍首相米国債を50兆円購入」と(笑)。

まあ、自動翻訳で読んでるんだけど思わず笑っちゃいました「アベノミックスの正体」。

なるほどです(爆笑)。

つまり、この国にはもうひとつの「政府」が存在する・・・・・

政治は埒外の。

で、記事の中ではFRBは日本円で毎月4兆円くらいのドルを印刷している。

ってぇことはアメリカ財務省証券を対外処理するということはその「ドル」の回収。

まあ、そこまでアメリカ政府の言いなりになって「米国債」買う国もないでしょうし、

買える国もないでしょうから(笑)。

↑の記事では「50兆円~100兆円」規模とか・・・・・・

何れにしても、50兆円じゃあFRBの一年分だし焼け石に水???

それに貿易等で得たドルはどんどん貯まる一方ですし、

そんなわけで毎年超円高レベルで30兆円~40兆円の米財務省証券を購入。

だから言ってるんだ、そんなことだったら低所得者、中間所得者層に200万円消費税還付しなさいと。

200万円は全額消費され、そうすれば企業も新製品開発に設備投資するだろう。

アメリカ救済に50兆円で、また円高に振れたらどうするつもりアベノミ。

際限のない金融緩和で金融機関がダミーで市場参入しないとバブルは起きませんね(笑)。

つまり、「損失補填」が前提条件ですから、中堅、バブルを知らない銀行員が逮捕されるかも。

まあ、企業任せもダメです。雇用は改善されません。

大量の非正規雇用で大企業も中小企業も妙味覚えちゃいましたし。

まっ、労働法改正まで踏み込むのなら別だろうけど「派遣禁止」の。

しかし、アベ政権「アベノミックス」は全く違う方向に「アベコベ」に行くらしいとは・・・・・

アベノミックスの本性(´Д`)

  


Posted by 昭和24歳  at 15:14Comments(0)

2013年03月05日

【訃報】悲しみに暮れて・・・・

【訃報】悲しみに暮れて・・・・


3日、17歳の頃からの付き合いのあった先輩、ギタリストが永久の眠りに、享年65歳。

そして昨日早朝、「くもすけばんど」のドラマー、後輩があとを追うようにして逝った享年62歳。

昨年の3月にあったのが最後だった、先輩。6月に体調を壊し検査入院の結果「白血病」なんで!??。

水泳ではシニアで県大会の記録を保持、スキーに、ゴルフに・・・・・・

そして早朝野球に健康そのものだった先輩が、なんで???

昨日のお通夜にはそんな昔の仲間も多数参列して別れを惜しんだ。

「くもすけばんど」のドラマー、僕より2歳年下。肺がんだった。一度は回復の兆しも・・・・・

ふとしたことから、去年の3月「くもすけばんど」再結成。

月一で新宿のスタジオでのセッションを楽しみに高崎からもうひとりのギターと通った。

昨年の11月のこと、「もうダメかも」と。疲れがひどいらしく11月6日のセッションがキャンセルされた。

ミュージシャンを夢見た20代の東京暮らしだった・・・・・・

そんな中「ディザイヤー」でレコード大賞作曲賞を受賞した仲間が。

当然、それは僕らの誇りでもあった。

そして40年ぶりに再会を果たしバンドも再結成、これからが楽しみだったのに・・・・・

運命ですね。とにかく立て続けに親友、仲間を失いました。悲しいです。残念でたまりません。

一番良い時期を共に過ごした、そんな先輩と後輩、ただただその日々の思い出が駆け巡ってます。

あすの告別式には東京からも仲間が参列・・・・・

人生って儚いですね。

でも、40年ぶりの再会と「くもすけばんど」再結成を一番喜んでいたのもその彼でした。

「もう長くないから思いきり楽しむよ」

7回のセッション、彼のタイトなドラムが忘れられない。

できたら、もう一度セッションしたい・・・・・

合掌。

  


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2013年03月04日

金正恩「オバマ米大統領に電話してほしい」

金正恩「オバマ米大統領に電話してほしい」



金正恩氏「オバマ大統領から電話ほしい」、ロッドマン氏に伝言
[ワシントン 3日 ロイター] 北朝鮮で金正恩第1書記と会談した米プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマン氏が3日、ABCテレビの番組に出演し、正恩氏から「オバマ米大統領に電話してほしい」とのメッセージを預かったと語った。

【写真】ロッドマン氏と金正恩氏の友情

ドキュメンタリー番組撮影のため先週、北朝鮮を訪れていたロッドマン氏は、正恩氏と平壌でバスケットボールの試合を観戦したほか、夕食も共にしていた。

ロッドマン氏は番組で、「彼(正恩氏)がオバマ大統領に望んでいることはただ一つ。電話をしてもらうこと」と発言。また、「彼は『戦争はしたくない』と私に言った」とし、「彼はバスケが大好きだから、私は『オバマ氏もバスケが大好きだ』と伝えた」と話した。

<引用:ロイター 3月4日(月)9時1分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130304-00000008-reut-n_ame

> 「彼は『戦争はしたくない』と私に言った」

まあ、ここまで茶番だとは・・・・・・

つまり、アメリカだって政府とアドミニストレーターは別物(^^ゞ

その意味では、日本と同じで「政治」はお飾りでしかない。

つまり、所詮が政治なんて「世論操作」、「世論工作」のつーるでしかない。

まっ、世の中「お金」ですから、後付けの講釈のために政治があるわけで・・・・・

決まってることを「決めたように」見せかける、それだけです。

「戦争したくない」って(笑)。

そんなもん、もし北朝鮮とアメリカがホントに敵対関係にあるとしたら・・・・・・

モノの3分で、北朝鮮、吹っ飛びます。

まあ、それにお付き合いせざるを得ない日本国民も大変ですけど(^^ゞ

だいたい、現実的に見て「戦略核」の保有って、北朝鮮、どこにそんな力があります?

精々が群馬県ほどの財政規模の国家というか「仮想国家」です。

これだけ時代が進んで、未だ情報を遮蔽していること自体が「ウソップ物語」です(笑)。

で、金正恩さん、オバマ大統領と電話でどんなお話するんでしょうか?

バスケットの話ですか、チキンバスケットの・・・・・・

金正恩「オバマ米大統領に電話してほしい」

  


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2013年03月03日

「50年後の高崎」2013年より愛をこめて。

「50年後の高崎」
2013年より愛をこめて




建設中の高崎「群馬音楽センター」


それは2063年・・・・・
もちろん僕はいない。昭和の最後の年、昭和64年生まれの市民が75歳になる年だ。つまり、言われるところの「後期高齢者」。そして今日、今、「オギャーッ」と生まれた赤ちゃんが50歳に・・・・・・
当然、元号は平成から“泰平”とでも。一体全体、「わが街高崎」はどんな街になっているだろうか。もちろん今の21階の市庁舎も老朽化で「建て替え」とかを市議会でも議論伯仲、もまれているころではないかと。鉄筋コンクリートの寿命が60年~70年だというから、まあその威容も墓標のような趣かも知れない。あの高崎音楽センターが、僕が13歳の時だったから今51歳。すでにその寿命がささやかれ補強改修工事もままならないとかで箱モノ屋さんが五月蠅い。当然、高崎競馬場跡地に建設されたコンベンションセンターも、西口、ニップン跡地の体育館も、そして東口栄町再開発、鳴り物入りで建設された総合商業施設も、その耐用年数を迎えようとしている。
ところで、その2063年には日本の人口も8000万人台に落ち着いてる頃だ。統計上。まあ、戦争でもなければの話、東日本大震災のような天変地異がなければの話だけれど、考えてみると「50年後」って、そんな先の話ではない。なぜかと言えば、50年昔は僕が14歳。つい昨日のことのような話である。しかし、その50年昔から比べると高崎の街も随分と面妖というか趣が変わってきた・・・・・
その50年昔の「わが街高崎」は・・・・・昭和38年。まだデパートといえるほどのものはなかったが、それでも連雀町の四つ角に「高島屋ストア」と、銀座通りには「おしゃれデパート」。そういえば本町三丁目に「フードセンター」ができたのもそのころではなかっただろうか。映画館、「オリオン座」が出来たのもその年、確か昭和34年のころだった。町内というか横丁には魚屋、八百屋、肉屋、酒屋、米屋、饅頭屋、電器屋、小間物屋、荒物屋、豆屋、塩屋、薬局、そして煙草屋、乾物屋、豆腐屋、駄菓子屋、等々etcで、少し足を延ばして半径2、300メートルなら洋品店、帽子店、蕎麦屋、喫茶店、瀬戸物屋が。そうそう、僕の家の3軒隣の表通りにはパチンコ屋まであった(笑)。自転車屋、旗屋、建具屋、竹屋、鍛冶屋、下駄屋、畳屋と、まあ、早い話が、横丁そのものが“ショッピングモール”みたいなもので、まさに「オンデマンド」。
そんな時代の朝餉、夕餉には豆腐屋さん、納豆屋さん、卵屋さんがセールスに来る。八百屋さんも僕の隣んちが、その八百屋の「引き売り」だった。そんなショッピングモール、イオンのような横丁がいつの間にか「消えた」。あれだけ朝な、夕なに騒然としていた横丁から人も家も、突然のように消えた。こんな地方都市にも、そう、高砂町という横丁にも高層マンションが2棟、3棟、4棟と、そして街中にそんな「マンション」が今も数棟。で、このご時世です。その部屋の明かりも疎らに。
今、盛んに騒がれている高齢化社会だが、思えば当時、ほとんどの家には「おじいさん」と「おばあさん」がいた。まあ、その意味では、あの戦争で20代、30代の男衆はほとんどが兵隊にとられたからまさにその戦争時代というか昭和10年代は「高齢化社会」そのものではなかっただろうか。
そんなわけで僕の家の両隣にもおじいさんおばあさんがいた、その向こうの家にも、そのまた向こうの家にもと、そんな時代だった。
50年後の高崎・・・・・

市町村合併を繰り返し、人口を水増ししてもどんどん街は小さくなる現実。いわれる「右肩上がり」に政治も、経済も思考することの限界地に来ているのではないか。

「都市の寿命」

しかし、それは都市が消えてなくなるわけではない。たしかに「限界集落」とかの山間地の住居は消えてゆくだろうけど都市そのものは人口収縮し変幻しながらもつねに「生まれ変わってゆく」。新しく、新しく。おそらく50年後には医療技術も相当に発達し、その意味ではある程度「高齢社会」も落ち着いてきているのではないだろうか。ただし、少子化と、最近言われていることは「独居」の中高年が激増しているとかの話。つまり、結婚しない男女。その結婚しない男女がそのまま高齢化した時の問題、それ自体が少子高齢化の問題でもあるのだが、かといって、結婚も、離婚も突き詰めれば個々人の問題で、そのことに社会が闇雲に強制できることではない。つまり、配偶者のいない、子どものいない「独居者」がその少子高齢化社会の中に3割とか4割に。今現在でも40代、50代に限って言うと7人に一人の割合で「独居」だという。

実は、僕のカミさん4人姉妹で他の三人は50代の独身・・・・・・

僕の友人にもその「独居高齢者」は今数えただけでも、7、8人はいる。

50年後の高崎・・・・・

社会構造が全く今のこの環境と変わるのに政治、行政がその「右肩上がり」の虚構の「明るい街」しか想像しない。そうした中で、財政だけはさも深刻そうに「将来にツケを残すわけにはいかない」とかで増税を言っている。たしかに、少子高齢化は大きな社会問題、いや、環境問題である。さらに、財政でいえば今日のこの莫大な負債を、人口そのものが半滅しようというのにどうしてそれを賄い、解決できるというのだろうか、まあ、その解決策は「想像力」に頼るしかないのだろうか・・・・・・

しかし、街が小さくなる、国が小さくなるということは必ずしも悲観することではない。その意味では、日本以外の先進国のほとんどが米国を例外にすれば東西統合のドイツ連邦共和国でさえ8231万人・・・・・・
フランス、英国、イタリアも6000万人台。つまり、人口構造の差はあるとしても50年後の日本、というか「高崎」は欧州並みの都市環境になるということではないか。北欧に至っては大きいスウェーデンでも1000万人弱です。

まあ、ひとつの解決策としては既得権益保護の土建行政、箱モノ行政は終止することです。人権保護の見地からの行政。そして都市環境は暮らしとしてのコミュニティの充実と景観としての森、公園都市の創造。つまりそれは「成熟社会」とでも言うんでしょうか、成長ではない「成熟」。まあ、「熟した実」が落ちない程度のそれ。そこには当然家族と暮らす、生活するということは理想ですが、「独居」を視野に入れた生活環境づくり。その意味での、社会、コミュニティが充実してくればその環境の中での家族も生まれるはずです。

かつての麻生政権の時のリーマンショク「100年に一度の危機」。そして民主党政権下での東日本大震災と東京電力福島第一原発事故、そして第二次安倍自民党政権、「アベノミクス」とか「TPP」とか喧しいですけど・・・・・・

いい機会かもしれません。

それは景気回復ではなく「人間らしい生活、社会の回復」を目指すべきです。

50年後の「わが街高崎」のためには・・・・・・

今、20代、30代のあなた・・・・・・

50年後には70歳、80歳に確実になる

これは、あなた自身の問題なのです。

僕らのいない「わが街高崎」の・・・・・

昨日、僕の音楽関係で大変お世話になった先輩の突然の訃報、明日がお通夜です。
知り合ったのが10代の頃ですから50年近く面倒を見てもらいました。昨年の6月に突然病に、回復基調とのご案内は頂いていたのですが、享年65歳。残念でなりません。洋々としていた若き日のその先輩のお姿が走馬灯のように巡っております・・・・・

どうぞ安らかにお眠りください、合掌。

「50年後の高崎」
2013年より愛をこめて


  


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2013年03月02日

アベノリスク

アベノリスク



世の中の仕組みというか、が、透けて見える。

もちろん「アベ」が政治家としてどれほどのものかは知っての通りだが。

つまり、ただそこに生まれただけの人間でしかない。

もちろん政治的野心があったとは思えないし、いわゆるその筋の「天才」では、当然ない。

まあ、内閣総理大臣にならんとするそもそもの人格は修羅界の王。

その意味では、祖父・岸信介、吉田茂、そして田中角栄と比べるべくもない・・・・・

その意味では「ただそこに生まれた」内閣総理大臣は過去にも、

橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗はちょっと違うか(笑)。

いわゆる「神輿」に乗せられて口パク、まあ、その気になっちゃったらアウトでした。

まあ、安倍ちゃんもいつハシゴを外されるか「アベノミクス」も官僚の書いたシナリオに過ぎず、

「日本列島改造論」・・・・・

田中角栄のそれ、通産官僚小長啓一(事務次官)に「書かせた」のとは全くわけが違う。

まあ、望むのが無理なのだろう、現代のこの日本社会にあっては。

つまりそれは戦後60年「長き太平の眠り」。冷めかけたけど、取り戻されてしまった(笑)。

そういえば民主国家、アメリカ合衆国なんだが、次期駐日大使に故・ケネディ大統領の長女がとか。

まあ、日本の政治もそのほとんどが「世襲」なんだが、アメリカ様もそうでした・・・・・

違うところといえば、「官界」が世襲ではない、そのように見える。

当然、人民(財閥)の、人民(財閥)による、人民(財閥)のための政治。

それが米有史以来のそれ。

つまり、政治とはそのためのツールでしかない。

そこで、政治家が邪な野心を起し人民のための政治」を使用物ならイレースされる。

つまり、「既得権益」「権利」の侵害。

まあ、日本はその意味では祖が「武家社会」であったがため・・・・・・

大よそ260年間その軍政で財界は政治には口が挟めなかった。

江戸末期、ついには財界が下級武士を扇動しての維新、それが今この国のその形。

しかしどうなんだろうか、膨大な赤字国債からの財政難とか言うが、

世界一の債権大国はアメリカ様からしてこの国に膨大な債務を負う。

返済されるかされないかは別として、そら「円安・ドル高」では、

あまりにもその数字、体裁がよろしくない。

まあ、それにしても自国通貨の価値が下がって喜んでるのはなんか変(笑)。

それは技術大国としての輸出産業にしたって為替動向だけで利益云々はあまりにも可笑しい・・・・・・

それでは「MADE IN JAPAN」の威厳が喪失してしまう。

本来なら高くても素晴らしい日本製品へのニーズを創造しなくてはならないはずが、

技術開発途上国と競争するとは(事実は異なるようだが)。

それは、つまり、経済成長著しい発展途上国の大衆、そこの耐久消費財は、

日本なりの進出企業が現地生産すれば、それはそれでさらに当該国の経済発展、成長を促す。

つまり、「日本」は円高になろうと成熟した産業の生産コストでのモノ作りでの「輸出」。

そのターゲットはその経済発展、成長し続ける国の「浮遊層」がターゲット・・・・・・

それは韓国、中国と競うのではなく、欧米の高品位高品質製品と競争することでしか、

この国、日本の成長発展はない。

つまり、アベノミクスという小手先の政策は「アベノリスク」。

当然、国民大衆にまで届くほどの政策効果は望めず、

逆に、輸入物価高騰で国民生活は疲弊せざるを得ないことになる。

もちろん、官僚が描く次なる策は、柳の下のドジョウではない、全く別物になる。

アベノリスク

  


Posted by 昭和24歳  at 20:30Comments(0)

2013年03月01日

卒業式でした。

卒業式でした。



平成6年生まれ、戌年。

そんな娘が本日、門出の卒業式。

今日の卒業式、3年担任だった先生・・・・・

「30人の生徒のうち玲(りょう)とは一番話しをしたなぁ」

と涙を拭いながら最後のお言葉を。

僕もカミさんももらい泣き(;_;)

三者面談も、カミさんがそういう事情でなかなか行けなかったので、いつも僕が。

娘も母親のことは先生に常々話していたようで・・・・・

そんなわけでカミさんも「最後に先生のお顔を、そしてご挨拶を」と。

まあ、卒業式、それは門出。涙あり、笑いありの暖かな一日でした。

卒業式でした。
  


Posted by 昭和24歳  at 20:37Comments(1)

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