2010年04月14日

関東ヨーグルトンでバイト!!

関東ヨーグルトンでバイト !!



知らない人とうまくやっていけるかな? 何の知識もないけど、できるかな? 社会の常識ってどんなの? 誰もが持ってるバイトへの不安や疑問にこたえる、たくさんの声・ヒント、社会の常識・マナーが満載。〈ソフトカバー〉

・・・・・っていうか、16歳。高校生の時の苦い思い出です(笑)。







喫茶「いわと」と「関東ヨーグルトン」


忘れもしない。経営者は「遠藤さん」と云う弁護士の息子さん。

なぜ忘れもしないかと云うとその頃流行のエレキを買う為のアルバイトを、
その弁護士の息子さん、遠藤さんの経営する「関東ヨーグルトン」で横丁の悪ガキ同士で始めたからだ。

「とっしゃん、もっさん、しゅうさん」たち悪ガキ仲間と。

昭和42年ソレは初夏・・・・・・

その「関東ヨーグルトン」はまだ出来て間もない群馬音楽センターへ掃除のアルバイトに行く途中にあった。
群馬音楽センターから今の「スズランデパート」・・・・・
そうだ当時はその辺り、実に閑散としていて未だそのスズランデパートは無かった。
スズランデパートの所には高崎裁判所とその裏手には拘置所があり真向かいには検察庁があり、
お堀を挟んで警察署といったように官庁街の趣のその界隈。

そんな厳しくも殺風景な大辻を中央デパーの方へ行くと・・・・・・・
その中央デパートの手前に立派な門構えをした「遠藤弁護士事務所」があった。

「遠藤弁護士事務所」と書かれた表札の横にまっさらの少し遠慮がちな小ぶりの看板には、
有限会社だったか株式会社だったかは忘れてしまったが「関東ヨーグルトン」とあった。
そしてその門構えに並ぶようにして法律事務所がいかにもといった風に在り・・・・・

「配達アルバイト急募、関東ヨーグルトン」

の張り紙が、その弁護士事務所の窓の所に貼ってあった。

後で知ったことだが、その関東ヨーグルトンの遠藤社長は「脱サラ第一世代」とでもいうのだろうか、
歳は僕よりも4つほど上で二十歳くらいだったろうか、それは時の青年実業家の趣。
そしてその社長の遠藤さんは高崎2中では「陸上部」の選手で相当にならしたんだと誰かから聞いた。

遠藤社長。その如何にもといった育ちのよさの中にも構えは精悍だった。

「すみません、あの張り紙のアルバイト募集、高校生でもいいんですか?」

弁護士事務所の扉を押し開くと、恰幅のいいいかにも「弁護士然」とした中年の小父さんに僕は恐る恐る訊いた。

「ああ、それなら息子の方だ、横の門から入っていきなさい。奥の方に工場がある」

と、促され僕は工場といわれる方に行った。

今はその跡形もないが、大木が数本、庭には、運転席のドアに「関東ヨーグルトン」と、書かれた「ミゼット」があった。
工場とは云っても物置を改造したような所で、甘酸っぱい匂いのする「ヨーグルトン」が瓶詰めされていた。

「あの、アルバイトの募集はこちらで・・・・・?」

と、僕が訊くと、

「ああそうだよ、ちょっと待っててな」

「おーいい斎藤君、ちょっと機械見ててくれや」と。

〈ああ、この人が社長かと思った〉

「張り紙見たの」

「はい。あの・・・・・高校生でも良いんですか」

「ああ構わないよ。でもバイクの免許もってるよね」

「あ、はい」

と、僕は嘘をついてしまった。

しかし社長は、別に免許を見せろとも言わわなかった。

「それで、他に友達二、三人いない?・・・バイトできそうなの、もちろん配達のバイトだけど」

 僕は「しめた」と思った。

「俺んとこ始めたばっかりで、配達とか開拓に手が足らないんだ。君らには新規契約というかサンプル配りもしてもらいたいんだ」

「はい、友達何人かに聞いてみます」

「給料、バイト料は1ヶ月6千円でどうだい。朝早いけど」

驚いた、6千円だ。音楽センターの掃除バイト2時間くらいで「百円」だったし・・・・・・
食堂のラーメンが、一杯60円くらいだったろうか。
「6千円」と云えば今の5万円くらい、しかも朝の3時間くらいの間でだ。

「じゃあ、2、3日中に返事くれるかな」

「はい、分かりました」

僕はわくわくして、飛び上がりたいくらいだった「ヤッターーー !!」って。

工場の脇には未だ真新しいホンダ「スーパーカブ」が荷台に「ヨーグルトン」の箱をのせて3台ほど置いてあった。

〈おいおい…、これに乗れるのかよ〉

すっかり僕は免許証など持ち合わせていないこと忘れて一人、興奮冷め遣らぬまま「遠藤弁護士事務所」の屋敷を後にした。

猛スピードで「自転車」を飛ばす。中央デパートを矢のようにすり抜け、
小板橋、アサヒ商会、時計の西脇、豊田園、十字屋、藤五、高崎倉庫を八間道路の方へ急ぐ。

その時すでに、僕の頭の中では「三和のエレキギターがぐるぐる回っていた」

「もっさん」ちへまず行った。

「もっさん、いいバイト見つかったぜ、いいバイト!!」

「朝がチョイト早いけどな、6千円だよ、6千円!!、1ヶ月6千円だぜ!!!」。

もっさんも驚いて、クリビツテンギョウ!

「なっ、なっ、なんのバイトだよ、なんのぉぉぉ!!???」

「ヨーグルトの配達だよ。しかもバイクで、ホンダスーパーカブのそれも新品だぜ」

もっさんの顔が見る見る歓喜に揺れるのが分かるほどだった。もっさんと僕は、「とっしゃん」ところへと急いだ。 


「無免許運転」

ホンダスーパーカブに乗れるのは嬉しいんだが、ご案内の通り、僕は免許がなかった。
当時は16になると「軽二輪・自動二輪・自動三輪・軽四」の免許を取ることが出来た・・・・・・
僕はその関東ヨーグルトンの時は16になったばかりで二度試験場に軽二輪の免許を取りに行ったが不合格だった。

しかし関東ヨーグルトンの社長には免許を持っていると言ってしまった都合・・・・・・・
無免許だろうが兎に角ホンダスーパーカブを運転して配達する事にした。もっさんもそうだった。

免許を持ってるのはとっしゃんだけ。それでも悪ガキ4人でヨーグルトん配達のバイトが始まった。
そんなある日・・・・・

「君たち、今度の日曜日拡張営業してくれないかな」遠藤社長は言った。

「別に契約が取れなくても構わないんだが、サンプルをもって売込みして欲しいんだ。一週間ほど無料配布させてもらうと云う事でね」

「わかりました」

「斎藤君。斎藤君、同行してやってくれ」

と遠藤社長が言った。

斎藤君とは遠藤社長の同級生らしかった。ちょっと口うるさそうな・・・・・・・・
いかにも番頭風な趣を持った関東ヨーグルトンの「専務」だった。

「じゃあ、みんな、昼にここに来てくれるかな。鶴辺団地を廻るから」

鶴辺団地とは高崎から三キロほどの新興住宅団地。
近くには三年前に開校した「東京農大二高を囲むようにその団地はあった。

まだ団地とはいうものの昭和40年頃である、いわゆる「住宅ブーム」もそろそろ地方都市へとその波も押し寄せていた。
そこには瀟洒な一戸建ての新築の庭先には子どもが三輪車とガーデン用のブランコで遊んでいた。

「面倒くせえな・・・・・・」

そうとっしゃんがつぶやいた。

「なにが?」

一軒一軒ベルを押して「関東ヨーグルトンで~す」なんてやるのも面倒くさい、大変だと言うのだ「とっしゃん」。

「だって、からビン回収していかなくちゃあならねんだから配らねえわけにもいかないよ。それにからビンの回収いく日かたたないと・・・・・・・」

「いいよ、飲んじゃえばいいや。飲んじゃえば」

朝っぱらから「ヨーグルトン」何本も飲んで、日報には営業もしてないのに名前と住所を書いて。じつにいい気なもんであった。

「ヨーーーシッ、天気はいいし今日は榛名までツーリングに行くか」

「いくべぇ、いくべぇ」

ガキ大将のとっしゃん、もっさん、そして僕。
三人で「関東ヨーグルトン」の営業、ほっぽらかして榛名山へツーリングとしゃれ込んでしまった・・・・・・・
どの道をどういったかは定かではないがはっきり覚えているのは箕郷から十文字を抜けて道なき道をなんて冒険気取り。

榛名山の天辺に出ると湖に向かって一直線。

「70キロ、80キロ―――ッ!」

いい気なもんである(笑)。
とっしゃんは自分の家のカワサキのバイク、たしか二気筒の青い煙を振りまいて「ギャーーーッ」とうるさいやつ。

そうだ、たしか、しゅうさんも一緒だったからだ。
しゅうさんはバイクどころか自転車も乗れなかった。ホンダスーパーカブは50CCで二人のりが出来ない。
そこでとっしゃんが90CCだったかのカワサキをあんちゃんの目を盗んで乗り出したのだった。

とにかく僕ともっさん、しゅうさんが16でとっしゃんが17。
そこへ「かっちゃん」という18になったばかりの近所の兄ちゃんが加わって・・・・・・・
で、そのかっちゃん、ホンダの「ドリーム」に乗っていた。真っ赤なやつだった。
そのかっちゃんも参加して何度か日曜のたびに「営業」をすっぽかしてツーリングと騒いでいた。

そんなある日、関東ヨーグルトンの社長に呼ばれた。

「オイッ、君たち二人、チョッと事務所に来てくれ!!」

呼ばれたのは僕ととっしゃん。
とっしゃんと僕は顔を見合わせて「ぎくっ」・・・・・・・
用向きは直ぐに社長のその表情で察しがついた。

「お前たち、とんでもねえな!!」

社長は怒るというよりは半ば呆れ気味に言った。

「斎藤君におまえたちの後を廻ってもらったんだ。そしたらぜんぜん営業かけてねえっていうじゃねえか」

二人ともそこは高校生、「シュン」っとしてしまった。

「空ビンどうしたの」

「はいっ、飲んじゃったんです」

全てを白状して許しを願ったが・・・・・・

「今日からもういいから。今月のバイト代払えないよ。それどころかおまえたちが飲んじまった分弁償してもらいたいくらいだ。それに、バイク。一体何キロ走ってるんだ、みんな記録してあったんだからな、どうも可笑しいと思ったよ」

「すみません」

僕ととっしゃんは肩を落として関東ヨーグルトンを後にした。どうやらもっさんは難を逃れたようだ。
というより社長もいっぺんに首にしても配達に困ってしまうのでもっさんは無罪放免となった。
しかしそれからはもっさん、憧れのホンダスーパーカブには乗れず自転車での配達となったことは言うまでもない。

それから数年たってある企画を図々しくも遠藤社長の所に売り込みにいった・・・・・・
その頃はすでに関東ヨーグルトンは閉鎖していて、高崎でも有数の喫茶「いわと」のオーナーになっていた。

「あの時はまいったなーーー」

と大笑いされてしまった。

そんな、喫茶「いわと」も今はない・・・・・・・

昭和の記憶の風景の中に。

関東ヨーグルトンでバイト!!  


Posted by 昭和24歳  at 19:37Comments(0)

2010年04月14日

偽装するメディア

偽装するメディア



新聞もテレビもダメ !!???





新聞の宅配率が益々低下している。

我が家の近所でも朝刊が投げ入れられている家は数えるほどしかない。
“インターネット”のせいとかの噂もあるが・・・・・
どうやらそれだけが理由ではないようだ。

もちろん、新聞をとっていない、わが娘も“チラシ広告”だけを貰いに来るから、
本来“新聞”とは広義には“社会”と“家庭”のコミュニケーション・ツールなのかも知れない。

しかし新聞の紙面を良く見ると“広告”が多くを占めていることがわかる。
その広告が“新聞社”の最大の収入源だと言うことをどこかで読んだことがある。
また、一部“130円”。月額“3000円”ほどの『日銭』は地域の新聞販売店に契約販売卸をすることで莫大な収入に・・・・・

テレビ局を傘下にする“大新聞社”はその“巨大メディア”を武器に社会を操る。

ところで近頃のそこの報道機関はどうやら自前の“情報収集”はほとんどしないらしい。
いわゆる“ジャーナリズム”と言うことらしいのだがそれが全く“新聞”と言う本体の中にない・・・・・

日本国内にあっては“時事通信”、“共同通信”・・・・・・
その“通信社”には情報収集者“記者”がいるようだが、その背景はこの国においてはそれは国策であり、
大手新聞社をはじめとする“巨大メディア”の営業部門は、経営を支えるものはこれもその背景は“国策”の『電通』。
噂の域を真実と見て十分だろうが、その『電通』がその“巨大メディア”を“検閲”していると言うこと。

新聞の紙面構成から、テレビの番組編成からその『電通』がコントロールする。

「なにを記事にするか、なにを記事にしないか」

そして・・・・・

「必要に応じ“なにを記事”にするか」

降って沸いたように起こる事件の数々・・・・・

まるで作られたような“鶏インフルエンザ”。
そして“O157”も、様々な病原菌も・・・・・・
なぜならそれら事件の被害がけして国家と言う所に及ばないと言う事実。
“SARS”の時もそうだったし、
北朝鮮のミサイルも核もその対象は“国民の生命と財産の危機”でしかない。

“ありもしないこと”を記事、ニュースにして・・・・・・・
それをセンセーショナルに煽り、国民を不安に陥れる。

当然、耐震構造計算書偽装もホリエモンも村上ファンドも現実的にはほとんどの国民には全くと言って良いほど影響はない。
しかしそれをあたかも深刻に、影響があるかのように報じる・・・・・
小中学校のイジメ問題とそれが理由の自殺騒ぎも問題の根源は他にあるのにそれを無理矢理“教育改革法案”につなげる。

経済の貧困があたかも諸悪の根源のように言うが、
昨今のわが子、幼児虐待死や猟奇殺人事件も、実は経済的貧困とは程遠く、豊かさが故の利己主義が原因。
“貧困”は助け合えば良いが、“利己主義”の思考崩壊はやはりああして壊れてみるしか解決はない。

現実問題として『宗教』と言う概念のないこの国・・・・・
付焼刃的な“新興宗教”ではさらにそこには国民の心を腐敗させることにしかならない。

やはり、この国はその概念の中心は『家族』ではないのだろうか。

それは“思想”といってもいい“宗教”といってもいい、土着したそこに先祖を敬う思想精神。
島国が故のその精神構造は、狭小“島国根性”と言われようがほとんどの日本国民は移住し・・・・・・
国籍を変えるという概念を持たない・・・・・

いや、それは持てないのかも知れない、想像することすらしない、できない。

再度、分けのわからない話だが・・・・・

世界のほとんどの国がとんでもない状況の中にある。
その意味ではこの“日本”は天国で、他所は“地獄”という事実。

新聞の宅配率の低下は、実は国民はその“イカサマ”に気づいたからではないか・・・・・・

今朝の朝日新聞でも紙面の“7割”が広告とスポーツ記事。

事件を伝える三面記事はたったの数パーセントでしかない。

首相の外遊を伝える記事は僅かな“囲み記事”だけ。

莫大な政党助成金を受けながら、企業献金の政治資金不正経理の記事などは探すのに一苦労。

新聞販売店の軒先には配達されない「新聞」が山積み(笑)。

新聞販売店の悲鳴が聞こえてくる・・・・・

偽装するメディア  


Posted by 昭和24歳  at 18:50Comments(0)

2010年04月14日

騙されやすい国民(笑)。

騙されやすい国民(笑)。



衝撃! 土地が、金が……究極の知能犯罪
ニッパチ屋、地面師、商品パクリ屋等、法律の抜け穴をかいくぐり、あらゆる手段でカモを丸裸にする仕事師たちの鉄則と全手口を暴く




“近未来通信”のカラクリ。

明治29年、澁澤榮一の嫡孫として東京に生まれる。

東京帝国大学経済学部を卒業後、横浜正金銀行に入行、その後第一銀行に入り、取締役、副頭取を歴任する。
昭和17年請われて日本銀行副総裁に転出し、19年には総裁に昇任した。

第二次世界大戦後、20年110月幣原喜重郎内閣の大蔵大臣となり、“預金封鎖”、“新円切り替え”、財産税導入等・・・・・
混乱した戦後経済の処理にあたる。

公職追放、復権、28年に『国際電信電話株式会社』の初代社長に就任する。

財界の重鎮として多くの要職をつとめ、38年、67歳で死去した。

“近未来通信”の主な通信事業は、プリペイドカードを用いた『IP電話サービス』。
公衆電話や一般の回線から、指定された“フリーダイヤル”にかけて、カード記載のID番号を入力することで、通話料の安いIP電話を使える仕組み。

“フリーダイヤル”は、大手通信会社の『KDDI』の回線を使っている。内部の関係者によると、今夏以降の使用料2000万円以上が未払いになっているという。

『KDDI』とはかつての『KDD』で、初代社長が敗戦処理の大蔵大臣“澁澤敬三”。

前述するように、国民からの生命財産を担保に戦い敗戦し、今日の財政に匹敵するほどの負債残したまま、
それを"預金封鎖”、“新円切り替え”、財産税導入等で“チャラ”にした張本人。
そのいわば国策会社ともいえる『KDD“I”』が“総務省”の認可の下に経営破綻した・・・・・・

『近未来通信』

今ごろそれを“サギ”、実体のない偽装事業と決定付けその被害額“400億円”の行方を巡って捜査は遅々としている。

通信事業所轄官庁“総務省”(旧郵政省)はその意味では世界的規模にまで風呂敷を広げた“IT通信事業”にどのように関わったのか・・・・・

そこで、どうしても思い出されるのが、新進党“友部達夫”の『オレンジ共済』。
“90億円”超被害を出したままその“オレンジ”を食いまくった政治家連中。

今日言われる、それほど怪しい“近未来通信”になぜ総務省は事業認可を出したのか。
“KDDI”はなぜその通信回線(社会インフラ)の貸し出しを契約したのか・・・・・

警察権力によって地方自治体の首長がその犯罪を暴かれている。
警察権力が行政を監視管理する。
なにも福島、宮崎だけではない、全ての公共事業が“談合”であることはその当事者がテレビでも答えていた。
首長が直接関与したかしなかったか。もししなかったとするなら、行政の実務官僚トップが関与していることは当然で・・・・・・
そのように今日のこの国の行政は腐りきってしまっている。

ロッキード事件の時、検察の言っていた“巨悪は眠らせない”はどうやら『寝言』だったようである。

投資金380億円が不明/近未来通信の詐欺事件
2009/11/26 19:15 SHIKOKU NEWS

 IP電話事業「近未来通信」(東京、破産手続き中)の詐欺事件で、同社が集めた投資金のうち、約380億円が行方不明になっていることが26日、警視庁捜査2課への取材で分かった。



世の中詐欺師ばかり、古くて新しい話・・・・・・

新進党時代の話である。

“オレンジ共済”といい、“防衛庁水増し事件”といい、“東京二信組事件”といい・・・・・・

新進党、その中心にいたのが現民主幹事長の“小沢一郎”(笑)。

そこに蠢く“巨悪”を眠らせる為に、少年が自殺したり、知事が、市長が逮捕されたり、
いつでもどこにでもあるような事件をさも特異な事件のように見せかけ報道するメディア。
そしてそのメディアを監視監督するのが“総務省”である。

しかしあの時代はゴッツかったなぁ・・・・・・

何事もなかったように、シラ~っとしてるけど(笑)。

で、こんなお話も(笑)。

山口敏夫元労相が仮釈放 刑期満了を前に
2009.10.2 22:25 産経ニュース

 東京協和、安全の旧2信用組合(ともに解散)の乱脈融資事件で背任、詐欺など4罪に問われ、懲役3年6月の実刑が確定した元労相の山口敏夫元衆院議員(69)が、収監先の刑務所から刑期満了を前に仮釈放されていたことが関係者の話で分かった。

 山口元労相は平成19年3月に収監された。確定判決で未決拘置日数のうち100日の刑期算入が認められ、満了は22年6月ごろとみられていた。

 確定判決によると、山口元労相は旧東京協和信組の故高橋治則元理事長らと共謀。6年、旧2信組に親族企業への計約27億円に上る不正融資を実行させ、同額の損害を与えた。

 元労相は一貫して無罪を主張したが、約4億円相当の業務上横領、約1億6千万円の詐欺、衆院予算委員会で偽証した議院証言法違反も含め一、二審とも有罪。最高裁が18年12月に上告を棄却、その後確定した。


つい昨日のことです・・・・・・
手を洗ったつもりでも、汚れはキレイに堕ちてませんね(笑)。
誰とはいいませんけど。


元衆議院議員、山口敏夫

そうですか、仮釈放されたんですか・・・・・・


騙されやすい国民(笑)。  


Posted by 昭和24歳  at 07:57Comments(0)

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