2009年12月18日

世界同時「真性デフレ」の恐怖

世界同時「真性デフレ」の恐怖




世界デフレは三度来る(上)
19世紀後半から現代までの経済政策の歴史を振り返る。インフレ、デフレの変動に焦点を当て、財政、金融政策でその変動を管理するという思想がどのように深まったのかを考察する。
19世紀末、世界の主要国は金本位制に転換した。その過程で「金の分捕り合戦」が生じ、世界的なデフレに陥る。このデフレは南アフリカで金鉱が見つかり、マネーサプライ(通貨供給量)が増加したことで解消された。著者は、マネーがデフレ不況を解決するカギになった明確な例だと指摘する。

一方、日本は西南戦争の戦費調達のために、不換紙幣の大量増発に追い込まれ、戦争後にはインフレに悩まされた。著者は高インフレ解消のため、緊縮財政で支出を大幅削減することを目指した松方正義と、外国からの借金で財の供給不足を補うことを目指した福沢諭吉、大隈重信らの経済論戦を解説。明治時代のリーダーが先端の経済認識を持っていたことを評価する。

21世紀初頭に「来る」と喧伝された3回目の世界デフレはどうやら回避されそうだ。米政府と連銀が提携して強力な景気刺激策を実行したのがその要因。本書は構造改革か、景気対策かと思い悩み、どちらも中途半端にしか実施しなかった日本との差異はどこにあるのか、分析を試みる。



世界同時「真性デフレ」の恐怖

 急激な円高、ドバイショック…。世界経済が再び揺れ始めた。国内では深刻な「需要不足」で価格破壊が進み、デフレに突入。政府・日銀は緊急対策を発表したが、猛烈な経済収縮は止まりそうにない。

 11月27日。アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ首長国の信用不安が引き起こしたドル売り・円買いの流れが一時、1ドル=84円台という14年4カ月ぶりの円高を招いたこの日、総務省が発表した全国CPI(消費者物価指数)も節目を記録した。物価下落の「広がり」がこれまでで最も大きくなったのだ。

深刻な「需要不足」は3年続く
 シティグループ証券の村嶋帰一・エコノミストによると、10月のCPIでは585品目のうち、62%が前年同月に比べて値下がりした。これまで、値下がり品目が最も多かったのは2002年3月の61%。CPIはガソリンなど家計の支出に占める割合が大きい品目の値動きによっても大きく動くが、今回の物価下落は特定品目の値下がりではなく、多くの品目が値下がりしたという点が「深刻さの象徴」だと村嶋氏は言う。

 日本が「デフレ」を経験するのはこれが戦後2回目だ。前回に当たる1990年代後半からの物価下落は大手金融機関が経営破綻するといった金融危機がデフレの根本原因。だが今回は金融システムの大きな混乱はなく、大企業でも資金調達が難しかった昨年末から今年初めにかけての資金繰り懸念はむしろ後退している。デフレの要因が全く異なるのだ。

 今回のデフレの原因は、経済の需要不足。しかも、当面は大きく改善しそうにない「真性デフレ」の様相を呈しているのだ。日本総合研究所の湯元健治理事も今回のデフレは長期間にわたって、じわりと広がっていく懸念があると指摘する。



昨日のニュースでギリシャがデフォルトの懸念とか・・・・・・
確か去年アイスランドが逝った。

ギリシャでは今年、財政赤字がGDP(国内総生産)の12.7%相当に膨らむ見通しだとか。
因みに日本のソレは7%台。

ギリシャの公的債務残高はGDP比135%に迫りつつある。民間および公的部門による対外債務の総額は、昨年末にGDPの149.2%相当に達していた。
つまり外国からの借金ということだ。

まあ、日本の場合は150%に達していると言うが、ソレは対外債務ではなく国内債務。

で、カネがないカネがないっていうんですけど・・・・・・
日本ておカネ持ちなんですね。




  


Posted by 昭和24歳  at 15:36Comments(0)

2009年12月18日

函館山

函館山






僕は何度も函館へ行っているにもかかわらず、一度も“函館山の頂きに”へは行ったことがない(笑)。

函館に入るには青森から海峡線で入るか、青森港からフェリーで入るか・・・・・・

海峡線は味も塩っからけもありませんが、そこへ行くと“青函フェリー”は冬場のそれは“津軽海峡冬景色”歌そのもの。

片道、乗用車9,750円。

フェリーの後尾デッキから、

♪あれをごらん竜飛岬~北の外れと~♪

口ずさみながら右手に眩しいほどに朝日を浴びた雪景色の竜飛岬。

たしか、いつも青森フェリー埠頭を朝7:30分出発、函館着11:10分のフェリー。
十分に函館での商いには時間が取れた。
フェリーはほとんどが運送会社のトレーラーコンテナと大型トラック・・・・・

物流系の運送トラックは八戸・苫小牧航路が多いようだ。船の大きさもだいぶ青函とは違い大きい。
八戸出港のヤツは夜の10時出航・・・・・苫小牧着は早朝6時30分。
こちらは航路、景色を楽しむにも真夜中の太平洋・・・・・
風呂に入って、一杯飲んで寝るしかない12,800円の船旅。

函館に泊る時は決まって玉光堂の米さんと一杯飲むことにしていた。

居酒屋“函館山”・・・・・

その居酒屋“函館山”のスペシャルメニュー“函館山”。
これがまた滅法酒を進めた。

レシピはコレだ!!

ベースはとろろ芋というか「やまかけ」だ。
それはラーメンどんぶりほどの大きさの器に盛られてくる・・・・・・

具は、「やまかけ」というからにはマグロ、そしてイカ、ホタテ、いくら、カニそして納豆。

まあ、それを、納豆をかきまぜるコツで、山芋、納豆とをうまくからめる。

まっ、別段どうってことないレシピだが山芋と納豆がミソかも知れない(笑)。

30回は行っただろうか、「函館山」・・・・・・


函館といえば朝市。

その朝市だが、函館朝市よりは、青森朝市の方が観光客向けでないだけ青森に軍配は上がる。
しかし“朝市ラーメン”はそれなりに絶品であった。焼ウニ、焼ホタテ・・・・・
まあ、その函館駅のところの朝市は「観光市場」だとかで、ホントの市場は別にあるとか。
そうです・・・・・

中島廉売市場

ココは安い!!

札幌の二条市場、小樽の新南樽、釧路の和商市場(駅のそば)・・・・・・
まあ、釧路っていえば「炉端焼き」です。その名も「炉端ばた」でした。


数え切れないほど函館には行ってるんだけど、五稜郭にはたったの一度きり・・・・・・
まあエレキの行商の旅だし、そんなにのんびりもしてられませんでしたから(笑)。

そうだ一度急用で函館から飛行機で夜東京へ帰ったことがあった。

その時の眼下に広がった函館の夜景・・・・・
今にも海と海がつながりそうなほぼ1キロの函館駅からの漁火通り。
その美しかったこと・・・・・・

函館空港っていえば“ミグ25ソ連戦闘機”を思い出しました。

嘘か真か、真空管の回路が積んであったとかそのソ連製戦闘機。
で、当時ソ連の“ベレンコ中尉とかが確かアメリカにそのまま亡命しちゃいました。
で、その“ミグ25戦闘機”はアメリカ軍に接収されたとか。
ソ連と日本政府の間で、「返せ」とか「返せません」とかで、確か緊張したような・・・・・・

昭和51年秋。長女が生まれた年なのでよく覚えています。
そして「闇将軍・田中角栄元内閣総理大臣」が逮捕されたのもこの年でした。

テレビで、函館の雪やってたのでつい思い出しちゃいました。

函館山ライブカメラ

  


Posted by 昭和24歳  at 10:34Comments(0)

2009年12月18日

僕は音楽家の“端くれ”である。




僕は音楽家の“端くれ”である。


その端くれ「音楽家」の音楽による“大脳生理学”(?)で、
手前勝手な珍説で云々してみる。



音楽は人間の脳を記憶メディアに実に重宝なソフトである。
それは「聴覚・嗅覚・視覚・触覚・味覚」と“ヒト”の日常を豊かにする。
そして時には、幻覚をも体現させる・・・・・
一瞬、四次元的作用で時間の感覚を取り払う。

比較的、音楽をやる人間は“老化”が鈍い。

それはリズム、所謂「ビート感」が大脳を刺激し血流を身体の隅々まで促進させるからだ。
そしてメロディーを重ねる「ハーモニー」が生きてきたいままでの“時間”をクロスオーヴァーさせ、
その時だけの「四次元空間」を創るり、その中では過去も現在も未来もない・・・・・・
つまり、時間概念がないからだ。

演奏は「奏で演じる」と書く・・・・・

つまり、演奏をしている時はなにもむさい爺である必要はない。
ときには少年であり、時には猛々しい雄でアリ、また時には女性にもなる・・・・・
「奏で演じる」わけだ。

そして音楽には何より“聴衆”がいないことには何も始まらない。
音楽にとって何よりも大切なことはその、

“聴衆”の存在だろう。

そこが自己完結型の「絵画」などとは大きく異なるところである。
「音楽」が無形であるが故の大衆芸術の所以ではないか。

歌を歌うこと、楽器を演奏すること・・・・・
これは“ヒト”にとって最も重要な“生きる”ということへの無形の「秘薬」ではないだろうか。

音楽を能動的に楽しむということは、男性も女性も長寿の秘訣であると共に、
美しく“ヒト”を成長させる心身ともに・・・・・
それは常に「リアルタイム」に次元を引き戻す。

もちろん「クラシック音楽」もだ。そのクラッシックは当時は宮廷の流行曲だったし、
それを大衆芸能化したのがメロディーに歌詞を載せた“オペラ”・・・・・

「今の若者は・・・・・」的論を借りるとすれば、
音楽は常に時代の反映と時代のリサイクルを創造する世代間の通信手段ではないだろうか。

リサイクルする流行・・・・・・

商業音楽では常に仕掛けが存在するが、
大きなそのトレンドは40年周期でリサイクルする。

僕は戦前のジャズトレンドが好きだ。
今日のスタンダードジャズはほとんどが1930~1940年代。
戦後に生まれたそのての名曲はまずない。

今ジャズが新しいらしい・・・・・

まさに温故知新!!

その音楽で、曲がった手足も腰も伸びるかも知れない。

もちろん曲がった僕の臍を治してくれるのはその“音楽”なのだ。
僕の最大の健康法・・・・・

毎日必ず2、30曲はギターを弾き語る。もちろん古いジャズだ。

それが何よりの医者要らず、
「音楽自家療法」なのである。

  


Posted by 昭和24歳  at 07:56Comments(0)

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