2009年01月06日

昭和二十一年二月~三月

昭和二十一年二月~三月

突然お金が自由に使えなくなった。日本中、一人残らずである。だから困るようで、困らない。
皆が一緒なのだ。もし自分だけ金が無くなったのなら、それは貧乏になった、ということである。

でも一斉にそうなったから、金持ちも貧乏人も居なくなった、ということになってしまった。
妙な体験である。

とにかくあらゆる預貯金が全て封鎖され、一銭も引き出すことが出来ないのだ。
誰も彼もが面食らっている。


2月17日「金融緊急措置令」が出たのである。




昭和20年8月~昭和21年2月の半年間の流通

「新円切替」というものらしいが、そうなるとどうなるのかが、もう一つ良く分からない。
その点が何とも不安だ。


いま手元にある紙幣も3月3日以降は通用しなくなる。
2月25日から3月7日までの間に、今の紙幣は全て新券と交換しなければならない。
そしてその交換額は、なんと「一人百円まで」なのだ。

皆、慌てた。人々は物に交換しようとするが、商人は売り惜しみをする。
そりゃそうだ。品物を売って金を貰っても一定額以上は使えなくなる。
商品として温存して置いたほうが得だ。

新円に切り替わったあと売れば、新円が入ることになる。新円は自由に使える。
あれやこれやで商店から一斉に物が消えた。

困ったのは闇屋だ。しこたま儲けた金が全部パアになる。
いい気味だ、という気がしないでもない。かくて一時的にインフレは止まることになった。

ところがこの封鎖、五円以下が除外されたものだから大騒ぎだ。
銭湯も魚屋も釣銭がない。皆小銭を抱え込むから出回わらないのだ。
止むを得ず各商店では、その店だけで通用する券を出して急場を凌ぐ。

25日を過ぎて新券に交換に行ったら新券の印刷が間に合わないらしく代わりに証紙を呉れた。
これをこれまでの札に貼って使うのである。

新券には十円札と百円札しかない。やがて新十円札なるものが出回わったが、そのデザインを見て日本中が呆れかえった。

新円の十円札の図案は「米国」と言う文字になっていた。

いくら占領下とは言え、アメリカに合併されて州になった訳ではない。
一応、政府も国会もある日本国なのに、何故お札が「米国」なのだろう。


新多昭二著“敗戦から再建までの長い日々”引用。


こんな時代なら因みに『クローズアップ現代』はそれをどうドキュメントするのだろう・・・・・

これは僕の父母、姉たちの時代の話。
しかしそれは現代とは比べるべくも無い時代だったと想像する。

労働して、夫婦仲睦まじくしてやがて子ができて、成長を楽しみに、一生懸命働く。
それがその昔のの父母の姿だった。

僕の場合もあれから30余年・・・・・
そんな娘たちにも子どもができて、
僕も、僕の父母たちの道程を反芻している。

あれほど素晴らしい時代だったものを壊してしまった。
いや、壊れてしまったのはなぜか・・・・・

子捨て、子殺しは僕らの子どもたち世代。
そして親殺しが近頃、50代が80代の親を・・・・・

殺される僕ら世代の親もいる。

でも、“昭和二十一年二月~三月”

その時代は国家が国民を切り捨てていた時代だった・・・・・・

“派遣切り”

まだ十分“時代”は立ち直れる!!

  


Posted by 昭和24歳  at 19:21Comments(4)

2009年01月06日

カナダ人と失業・・・・・

失業したら、失業保険がある、保険がもらえなくなったら生活保護がある。
収入が少なければそのように暮らせばよい。
あわてることはない。

失業はこちらでは恥じることではないのです。

失業したある日本人、近所の人に知られないように毎朝鞄を持って出かけ、残業の振りをして時には夜遅く帰ってきたりするという話を聞いた事があります。
カナダの人達には理解不可能な話です。

私のように、バカンスもとらず働くものを馬鹿にする人が多いのですよ。
人生は楽しむためにある、働くことを悪いとはいわないが人生の楽しみを犠牲にしてまで働く必要はない。

30年以上も付き合っている、時計、宝石関係専門の運送屋があります。
息子の代になってから、土、日、月と休むようになってしまいました。
当然、その分収入は減りますが、それでもかまわない、人生楽しもうと考えるのです。
客も、不便になったけれどまあ仕方ないというところです。

そんなカナダ人が、これほど高い生活レベルを維持して暮らしていけるのは、
広大な国土、有り余る資源、食料の自給自足率数百%という恵まれた環境のせいなのです。

資源目当てに、アメリカ、中国もカナダには愛想笑いをします。

いまだ、調査されてない土地も多く、何が出てくるかわからないとか。

そう遠くない将来、金では食料が買えなくなる時代が来るそうです。

日本にとって厳しい時代がやってくるというのは、それも原因の一つです。

ところでね、人類は救いようのない生き物ではないかということは、若いころから考えていました。

でも、殆どの人は、そんなことは考えたくない、話題にしたくないようです。

東京にいた頃、神田のWMCAに英語を習いに行きました。
雑談中、私がそんなことを喋ると、急に座が白けて、ある若い女性が馬鹿みたいと一言言いました。
それで、気まずくなってやめてしまいました。

そんな私は、ガールフレンドなど持てるはずもなく、糞面白くもない東京暮らしでした。

今日はどうしたのだろう。
沢山書けた。

お休みなさい。   


Posted by 昭和24歳  at 13:01Comments(2)

2009年01月06日

最後の遺書

「あ~祖国よ恋人よ」信濃毎日新聞社 より・・・・・

最後の遺書

学徒出陣、特攻隊員となり使命を果たす“上原良司”青年。

最後の遺書の後半に・・・・・・

「一器械である吾々は何も云う権利もありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめん事を、国民の方々にお願いするのみです」

と訴えられています。

しかしみすぼらしいですね・・・・・
それは僕のこと(笑)。

つい60年少し前のこの国に二十歳にも足らない青年が純粋に祖国を思い、恋人を思い国家の犠牲になった。
全体主義、軍国主義国家、天皇の国家・・・・・・その時代に生まれた不運と言うだけでは片付けられないその事実。

現下の政治、国家の実態などはわかるはずもないが・・・・・・
今日日のあまりにもみすぼらしいこの国の様は、それはけして政治のせいだけではない。
あまりにも怠惰の極まりない国民・・・・・・
それは意図的に仕組まれたこの国の社会構造の結末かも知れない。

組織と言う組織は“ズタズタ”に切り刻まれ・・・・・
もはや巨大な権力に抗する、抗しようと言う気概さえ萎えてしまっている。

やはり時代は僕らが終わるのを待っている・・・・・
いや、待っていると言うよりはそれを少しでも早めようと画策している。

結局はどこからかの命を受け無意識にもこの国を改造しようとする今の政治。

それはまさしく60年前に逆戻りさせる敗戦前の状況に・・・・・

“ワーキングプア”

とにかく休まず働く。働かせることことによってその思考力を絶つ。
働いても、働いても生活すら出来ない・・・・・

そして“派遣切り”失業・・・・・

一人の人間の尊厳までも奪う。
さらに、スガルことを当然の権利のようにいう社会風潮・・・・・

あの国会の中で真顔で“最低賃金”を口にする。
一日あたり“1億円”を浪費する国会でのそれが言葉だ。

あの大戦で、犠牲となった・・・・・・
今の政治そのもの政治で犠牲になった青年たちへの思いは言葉の端に上ることもない。

特攻隊員となった上原氏は、その決意を次のように綴っています。

「悠久の大儀に生きる(天皇制国家に忠誠を捧げる)とか、そんなことはどうでも良い。
飽くまで日本、愛する祖国のために、独立、自由のために闘うのだ。
天国における(きょう子との)再会、死はその過程にすぎない。愛する日本、そして愛するきょう子ちゃん」。

死を覚悟し愛するゆえに片思いでいた恋人が結婚し、
その恋人が結核で世を去るという悲劇が上原氏にはありました。

そう言えば僕らはただ生まれてただ死んでゆくだけ・・・・・・(笑)。
ああだ、こうだと言ってもただ馬齢を重ね馬食を食むのみ・・・・・・・

しかし、去年の今頃とは天地の差の国会の先生方(笑)。

それにしても、300億円からの政党助成金返上の話は全く出てこない。

  


Posted by 昭和24歳  at 11:46Comments(0)

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