2008年10月17日

井上工業破産の理由・・・・・

井上工業破産の理由・・・・・

井上工業破産 下請け250社の連鎖懸念 群馬
10月17日8時7分配信 産経新聞

県内建設大手で東証2部上場の建設業、井上工業(高崎市和田町、中村剛社長)と子会社1社は16日、東京地裁に破産開始手続きを申し立て、開始決定を受けたと発表した。負債総額は井上工業と子会社あわせて約125億円。
県内の建設業界では、平成19年の「佐田住宅センター」(負債総額約140億円)に次ぐ規模といい、県経済界には「負の連鎖が続くのでは」と危惧(きぐ)する声が広がっている。

 「井上工業は歴史が長い企業。取引企業の裾野が広く、しわ寄せが来ることが心配だ」。

前橋商工会議所の曽我孝之会頭は、同社の破産の報を受け、影響をこう吐露した。
信用調査会社「東京商工リサーチ」などによると、井上工業の下請けは約250社に上り、うち約100社が県内にあるとみられ、同リサーチは「下請け会社の連鎖倒産につながる恐れがある」と警戒感を強める。


上記が今朝の新聞報道だが・・・・・・

本年1月21日、群馬県に本社を置く東証2部上場の建設業・井上工業の株価が暴落した。
前週末68円だった株価は、何と約4割安の41円となり、出来高も55万8,000株から2,952万6,000株に急増・・・・・・


そのことについて井上工業は下記のようにプレスリリースしている。

「当社にて確認したところによりますと、当社代表取締役社長宮崎純行が所有し、個人的に証券会社に担保として提供していた当社株式が、
宮崎によれば、本人の意図に反し、当該証券会社により大量に市場に流出した結果、昨日の当社株価及び出来高に多大な影響を及ぼしております。」


井上工業側は「井上工業株暴落」を上記のように説明するが・・・・・

宮崎社長は、個人で保有していた同社株を担保に信用取引を行っていたということだ。
そして今月半ば、その取引を終了する際に損失額から担保分を差し引いた不足額約4億円を支払うことを取引証券会社の松井証券から求められた・・・・・・
しかし、それが支払えず、松井証券が担保の井上工業株を売却、そのため21日の株式市場で同社株が大量の出来高を伴って暴落したのです。

井上工業、宮崎社長が行っていたのが今日の世界同時株暴落、金融破綻を惹起させている“信用取引”というやつだ。

ご案内だろうが、“信用取引”とは、投資家が証券会社に担保を預けることで、
投資家が証券会社から株購入代金や売るために“数倍”の株式を借りることができる取引のこと。
そしてその“信用取引”は元本の数倍の取引が可能になるため株価の変動で莫大な利益が得られる場合もあり、巨額の損失を被る場合もある。

今日の米国発の金融恐慌はその“信用取引”、実に手持ち資金の「400倍」の取引を可能とした“サブプライムローン”・・・・・・

つまり「井上工業の破産」は本業のやり繰りではなく、もちろん社長として本業の穴埋めのつもりがあったかどうかは知る由もないが、

株“信用取引”という、やってはならない『博打』に手を出したことがその本質だろう。

僕の知り合いにもその井上工業の下請けがいる・・・・・

いくら、時代だとはいえ、どうして、こうもその時代に振り回されなければならないのか!!???

今日も建設が続く高崎市街地の高層マンション群・・・・・・
それらは、駅前、いや“駅構内マンション・ホテル”の「アパ・グループ」と同様、
そのほとんどのデベロップ・プロジェクトが“ノンリコース・ローン”と言うやつだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3
<ノンリコース・ローン>

特定目的会社(流動資産化法)<SPC:Specific Purpose Company>

橋本龍太郎政権末期、小渕内閣発足直前に改正施策された商法・・・・・・
つまり、不動産の“証券化”、ご案内の「サブプライムローン」=「ノンリコース・ローン」だ。
不動産デベロップそのものを商品化、証券化し証券として売り出す。
マンション等不動産ばかりではない、“イオン・SM”等もそれだという・・・・・
全てがそうだというわけではないが、“博打”だ。そのデベロップ・プロジェクトが成功すれば投資家も配当を受け、
その証券、つまり株価も値上がりするが、それが失敗すればその証券は“紙クズ”になる。

それが今のアメリカの姿である!!

その意味では、高崎の“ランドマーク”井上工業の破産も「小さなアメリカ」を見る思いだ。

それにしても。この年末、新年、家族も子どももいるだろうに・・・・・
巻き添えを食ってしまった下請け各社、当然「工事現場から引き上げ」を指示されたそうだ。

テレビが衆院テロ特の予算委員会をやっている・・・・・
この国民生活の窮状を他所にテロとの戦いに「ジャブジャブ」だそうだ。

案の定、その委員会に出席している与野党委員、空席が目立つ(笑)。


国会活動をしない国会議員は当然“クビ”にしようではないか!!  


Posted by 昭和24歳  at 17:02Comments(2)

2008年10月17日

井上工業ガ破産・・・・・

時代の盛衰とはこういうことなのか・・・・・・

“井上工業”といえば高崎を代表する企業だったといっても過言ではない。
実は、僕の同級生も長年、井上工業の営業マンとして働いていたが、大阪支店勤務のときその支店閉鎖で退職していた。
バブル経済最盛期のころの“大阪支店”はこの世のものとは思えないほどの活況と言うか、地上げ屋(暴力団)との交渉の毎日(笑)。
そして、住専とか、怪しい大阪の紳士とのお付き合い。とにかく毎日が宴会で突っ走り続けて、終わってみたら生も根も尽きたとか・・・・・

しばらく会ってないなあ、どうしてるだろう・・・・・その後・・・・・

先月、9月27日、旧井上房一郎邸の哲学堂で友人のライブがあった。
初めて入ったその“哲学堂”とやらだったが、夜で暗かったせいもあってかどことなく裏寂しい趣を見せていた。

実は僕の仕事関係の先輩がその邸の主だった、故・井上房一郎翁と旧知だった・・・・・・
そこでいろいろな話を聞かせてもらってはいたが、本業の土建業の社長と言うよりはその故・井上房一郎翁、かなりの“文化人”という趣であったようだ。
まっ、“文化”などとは全く縁のない僕ごときとは全くの別世界の人・・・・・

その先輩なんだが、とにかく変人と言うか“真庭念流”の免許皆伝とか、陶芸が趣味だとか、笙を吹くとか・・・・・・
その意味では文化人なのかも知れない。元教員。
そうそう、夭逝した天才画家“山田かまち”の小学校3年のときの担任。その“かまち”の才能を早い時期に見ていたとか・・・・・・

しかし、井上工業の破産とは・・・・・・
いろいろとうわさには上っていたが、それが現実のものになるとは一抹の寂しさを覚える。
というのも、「高崎白衣観音」を私財をなげうって建立したのが井上工業創業者“井上保三郎翁”・・・・・・

まあ、何はともあれ高崎“白衣観音”はここ、高崎の『ランドマーク』であり、



その歴史に名を残す“白衣観音”の「井上工業の破産」は時代とはいえ、
なにか大きなひとつの時代の終わりを教えているように思えてならない・・・・・


ところで、その“井上工業”なんだが、昭和の今太閤、「コンピューター付ブルドーザー」といわれた・・・・・・・
故・田中角栄内閣総理大臣が郷里、新潟県西山の尋常高等小学校を卒業、立身出世の志を持って上京の折、初めて勤めたのが、その「井上工業東京支店」。
そこの給仕が、またの名を“田中軍団”の闇将軍の初仕事だったとか・・・・・・

その田中角栄総理、総理就任の折お忍びで“井上房一郎翁”を訪ねたと、昨夜、「井上工業破産」の報にふれ、先の先輩先生仰っていた。

これはひとつの時代の終わりというよりは、なにかの始まりのような気がしてならない。
あまりにも無防備なこのニッポン国。
この際、相撲の八百長だの、プロ野球の日本シリーズだの・・・・・・
どうでもいいことにマスコミ、メディアが喧騒で民衆の耳目を奪うかのように人心の好奇を誘う。

知らぬ間に、時代がよからぬ方向に漂い始めているのではないか!!???

知った顔で政治を語る世襲政治家と世襲官僚・・・・・・
体験でない、見よう見真似だけで為政する身分者。


時代が僕らに何かを教えようとしている・・・・・・

さて、妙に世間が鎮まりかえっていると感じる今朝。
  


Posted by 昭和24歳  at 09:04Comments(0)

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