2008年10月05日

ネットカフェで出産、遺棄

ネットカフェで出産、遺棄=「お金なく」30歳女を逮捕-神奈川県警

2008年10月2日(木)20:17

インターネットカフェのトイレで男児を出産し置き去りにしたとして、神奈川県警神奈川署は2日、保護責任者遺棄の疑いで住所不定、無職大崎薫容疑者(30)を逮捕した。「お金がなく、育てられないと思った」と容疑を認めている。

男児は発見後すぐに病院に搬送され、命に別条はないという。 


<時事通信社>


それはどんな時代だったんだろうか・・・・・

昭和25年と言うその瞬間、時間。

僕は昭和二四年二月一一日生まれの丑年。戦争が終わって4年が過ぎた頃の時代・・・・・
父や母は僕の誕生をどんな思いで見つめていたのだろうか。その父も母も今はいない。
父は昭和一八年召集され敗戦後シベリアに抑留。そして昭和22年冬に復員したと聞いている・・・・・


それは長い長い僕の始まりの瞬間・・・・・・



<昭和25年2月11日満一歳のお誕生の黄昏爺>



未だ、坂の途中だけど・・・・・
いつ終わるか、もうそう遠くはない明日がそこにあるような。




父は昭和40年11月、53歳・・・・・
母は昨年、平成15年11月、85歳で逝った。

父は大正元年の子年、母は大正六年の巳年。
青春を昭和恐慌と戦争に翻弄された辛く、哀しい時代だったのではないだろうか・・・・・・・
父は戦中に妹二人、弟一人、そして北支に出征中に生まれた、三女を亡くしている。
そんな時代の時間延長に僕等は生きていることを自覚しなければいけない。
ここにつづく時代のためにも、「これから」という時代のためにも・・・・・・



ネットカフェで出産というが・・・・・

戦後のその時代はそんなもんじゃあなかったと聞く。

戦災孤児・・・・・
実は僕の同級生にも“アイノコ”がいた。

つまりお父さんが米兵の子ども。


そして隣近所にはどこからかもらわれてきた子ども・・・・・・

実は、僕もそんな「もらいっ子」だったんだけど、僕の場合は叔母の家にだったけど、
養父母とは全く血のつながりのない「もらいっ子」がクラスに一人や二人はいた・・・・・


それでもあの時代、ほとんどの日本人が極度な貧困の時代・・・・・

食べ物は配給で、僕のミルクも配給だったとか。


そんな時代でも、養父母は己の全てを犠牲にするかのようにして僕を養育してくれた。
僕の養父母ばかりではない、ほとんどの大人たちが明日をも知れぬそんな時代にも関わらず子どもを・・・・・

それは、戦争が終わったという安堵感の中・・・・・・

グラマン戦闘機の機銃掃射もなく、B-29の焼夷弾もなく、
空襲警報に防空壕へ逃げ込むこともなく・・・・・

安心して、お金はなかったけど、食べるものなく、着るものもなかったけど、
父や母は、自分の食べるもの食べず、自分の着る物も着ず、全てを子どもたちに手向けた。

そんな時代を思い出そう・・・・・

いや、世界の現実にそれはいやというほどある。

それに引き換え、今のこの国はたった60年前の自分たちの姿を忘れている・・・・・

持てる者は持たぬ者を蔑み、その人生を淵に追いやってそ知らぬ顔で飽食するばかり。

秋葉原の無差別殺人といい、昨日の大阪の個室ビデオでの無差別放火殺人・・・・・・

同じ境遇のものが、同じ境遇にあるものを巻き添えにしての無差別殺人。

みんな、夢中で、一生懸命生きているのに、何の理由もなく、命を、人生を絶たれてしまう・・・・・・

そんなことがあっていいのか!!???

暗闇に灯りをともすのが政治とか言うが・・・・・それがこの体たらくだ・・・・・・
いつか天罰が下るだろう!!


男児は発見後すぐに病院に搬送され、命に別条はないという。 

その男の赤ちゃんが「どうか幸せに生きて」と祈らずに入られない・・・・・・  


Posted by 昭和24歳  at 20:04Comments(2)

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