2008年02月07日

憂い愁いる。

一年前の日記・・・・・

><3月期決算>5年連続の増収増益 東証1部776社

もはや“格差”と言うよりそれは“差別”の構造。

米国型を国際化と言い・・・・・
その極めて人種差別性の高い惨たらしい社会がグローバル化だと言う。

アフリカ系、イタリア系、ヒスパニック、プエルトリコ系等々のアメリカ人・・・・・
今のアメリカ社会はその人口約3億人の四分の一が“貧困層”だと言う。
さらにブッシュ大統領の富裕層への減税やイラク侵攻で、新たに540万人が貧困になった・・・・・

アメリカでは“4580万人”に健康保険はなく、医療にもかかれない。
幼児の死亡率は、貧困と独裁とアメリカが非難するキューバよりも劣る。
病気をしても医者や病院にいけないから、幼児は死ぬのである・・・・・

世界一死亡率が低い国のひとつが日本である。健康保険があり、保健所がある。
しかし小泉改革で国保も社保も“3割負担”となった。
そして国民年金の未払いが、4割だ。1万3千円が払えない若者は、派遣パートが多く収入は低い。

これは格差と言うよりは“差別”だろう。

><3月期決算>5年連続の増収増益 東証1部776社

昨日のニューヨーク市場も空前の上げ幅と最高値とか・・・・・

>「赤ちゃんポスト」運用初日に想定外の3歳児

今地域の“児童福祉施設”はどこも満員だそうだ。
しかし結局その“3歳児”は児童施設に預けられる。

あまりにも悲しい出来事だが、秋田の事件のようなことにもなりかねない。
そうした中にも児童虐待、子殺し等の悲惨な事件は後を断たない。

ネットカフェ難民・・・・・とか言うらしい・・・・・

思えば今から40年前はこの僕もそうした大都会、
コンクリートジャングルの中の難民だったような記憶がある。
もちろんネットカフェなどはなかったが大学通学で下宿する友人を頼って上京。
持ち金が尽きると僕はバンド仲間に誘われるままに新宿南口に並んだ。
あるやつは高田馬場の公園がいい稼ぎになるとそっちのほうへ。

新宿南口は川崎の工業地帯のタイヤ工場やらビン製造工場へ・・・・・
高田馬場公園は、深夜の地下鉄工事が専門だった。
中には兵もいて、横田基地でのベトナム戦争戦士兵の遺体洗いなんて言うのも。

もっともあの時代はみんなそれぞれが目的、夢をもっていた。
僕もそんな一人だったが・・・・・

しかし目を他方に移すと東大安田講堂やら、
もちろん大学進学した同級生連中はヘルメットに角棒で将来に夢を託していた。

同じ世代でありながら方や“ロック”で、方や“平和闘争”。
やはりそこには静かな“階層社会”の歪が顕在していたのかも知れない。

もっとも今日、思想とは言わないまでも、その時"平和闘争”していた同級生の多くは極めて平和な人生に佳境を見ている。
方や“ロック”な僕は未だ、その時のまま、その時代の情況に今を映しようやく“闘争”にたどり着いている。

光陰矢のごとし・・・・・・

50年60年なんてあっという間でした。
そのことからすれば、この先の50年60年も“あっという間”に違いない。
もちろんそこには僕はもう当然いない・・・・・

だからこそ憂い愁いる。
  


Posted by 昭和24歳  at 17:32Comments(0)

2008年02月07日

少子化と飛び込み出産!

少子化と飛び込み出産。

このところ、「赤ちゃんポスト」とか「産み逃げ」とかの悲惨なニュースが駆けめぐっている。

国、政府は『特殊出生率』の落ち込みを嘆いて見せているが・・・・・・
その実態はこの国の冷酷な政策にあると言わざるを得ない。

その昔は、「貧乏人の子沢山」とかいわれ、今日でも開発途上国での『特殊出生率』は高いと言われる。
しかし、この国では「金持ちの子沢山」。経済的富裕層の『特殊出生率』は伸びている。

つまり、この国の『少子化』は政治、経済政策の失敗、いや、意図的な社会の格差化・・・・・・政府の「それでいい、それがいい」とのことであることは歴然としている。

「日本は税金が安い」という政治家もいるが、その実態は、いわゆる国民負担率は政府発表の“37%”は・・・・・・・
高額な公共料金負担や医療費負担、教育費負担が加算されていない。
とにかく所得が低ければ低いほど高負担率にならざるを得ないこの国の社会制度となっている。

今朝のニュース特集では「駆け込み出産」がテーマになっていた。

結局、経済的な理由で妊娠時の初検診を受けなかった母親が産気づいて救急車で産院へ「駆け込む」。
もちろん、母子手帳もない。当然、健康保険証もない・・・・・・
政府は、「自由な働き方を望む」人が増えているとはいうが、それが「派遣労働法」の改正で、その雇用体系が「日雇い労働者」を生み、
結局、社会保障から外された労働階層を生み出す原因となり、もちろん出産だけではないが疾病救急の場合でも「駆け込み診療」を多発させている。

「赤ちゃんは国が保護せよ!!」

当然、保育、義務教育もそうだが、単純には言えないが就学児童、子どもが3人いれば「3倍かかる」ことになる。

しかし、現実の環境は「自己責任」だろう。
その「自己責任」を果たせない親の下に生まれた赤ちゃんたちが「赤ちゃんポスト」、そして「乳児院」、「児童福祉施設」に生活するしかないことになっている。

「望まれない出産」

これほど悲しく、切ない言葉の響きはない。
全ての条件を鑑みても、無条件でその生まれようとしている「赤ちゃん」を国の意思、国民の意思で守らなければならないのではないか。
政府の言う「少子化問題」はなにを憂いているのかさっぱりわからない・・・・・・
本当に、そのこと、「少子化」に危機感を抱いているのであれば、
どんなことをしてでもその生まれようとしている、生まれた「生命」を無条件で保護しなければならないのではないのか。

欧米では“シングルマザー”でも安心して出産できる制度がり、育児、就学にも無条件で国が保護している。

フランスでは、3歳未満に給付される乳幼児迎入れ手当「月約2.3万円」と第2子への家族手当「月約1.6万円」という給付があるが、
わが国日本では、第1子、第2子へそれぞれ年額6万円「月5千円」の児童手当の給付となっている。
そして、日本では、児童手当の給付が小学校第3学年修了時までとなっており、第2子への手当給付が終了した時点で、給付がなくなってしまう。
それに対し、フランスでは、第2子以降の家族手当が満20歳未満であるため、20年後まで給付が行われ、さらに11歳以上では、年齢によって加算もされる。
その上、6歳以上18歳未満の児童に対しては、「新学期ごとに約3.5万円」もの新学期手当が給付される。

わが国、日本とは何たる差か!!

たしかにヨーロッパ、とくに北欧各国の国民の税負担率は“70%”前後。

しかし、社会保障は完璧な制度で国民福祉は充実している。

出産時には当座の育児に必要な衣類などのパッケージ(または給付として受け取ることも選択できる)が国からプレゼントされます。

保育の料金は両親の収入と家族構成によって定められますが、最高額が月額約2万5000円程度です。
さらにすべての児童が16歳に達するまで、親の所得に関係なく児童手当が支払われています。

フィンランドでは小学校から大学まで、すべて教育費は無料で、このことがすべての子供に均等な教育を受ける機会を保障しています。
また、9年間の義務教育期間は、給食も無料、教科書も支給されます。


さて、日本の国民一人あたりの医療費は、対GDP比でいえば世界で19番目でアメリカの半分ドイツの7割であり、
実額でいってもスイスやアメリカの7割弱でフランスや北欧の国々と同額である。
又日本のように公共事業費が医療を含む社会保障費の二倍になっている国は、どこにもない。
先進6カ国(サミット参加国)全部の国の公共事業費の合計よりも日本一国の公共事業費が600億ドルも多い。

この国の公共事業は一部既得権益集団の「生活保護」政策化している。
イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、その軍事を優先する先進4ヶ国でも社会保障費は公共事業費の倍以上を費やしている。
(下記表OECD国別統計1997年を参照)



それだけの公共事業費を費やしての“水道光熱費”は先進諸外国の約2倍で、
“高速道路”に至っては無料か、有料でも100kmあたりが500円前後で、高崎=練馬なら“500円”。
大阪まで行っても“3000円”・・・・・・

異常な行政でも国民は唯々諾々と従う。
しかし現行制度では国民が政府に反対の意を表明する手段がないのが実態。

その解決悪は、たしかに人口500万人そこそこのフィンランドではあるが、その制度を可能とする要因は、
地方自治の独立、権限委譲である。ひも付きの交付金ではなく地方自治体の自由裁量で使えるお金・・・・・・
その制度の確立で、市民にとって今何が必要なのか。公共事業なのか、医療、福祉、教育が優先されるべきなのか。

このままではますます進む「格差社会」。

そこに見る経済的貧困はけして他人事ではない。

政治の誤魔化し・・・・・・

財政危機、800兆円の赤字国債というが、国のその『800兆円』の借金、その貸方は『国民』。
その意味では、日本国民は日本国に対し『800兆円』の債権、国地方を合わせて『1000兆円』からの債権を有している。
だから債務者の“国”、政府がとやかく言うのはおかしいことなのである・・・・・・

全ての「赤ちゃん」は国の宝!!

国の宝のためにはどんどん財政出動せよ!!

高速道路建設、ダム建設より先に、原発建造よりも先に!!

「赤ちゃんポスト」ではなく、国が責任を持って「赤ちゃん」を保護せよ!!
そして一日も早く、赤ちゃんがお母さんと一緒に生活できるように施策することだ!!




  


Posted by 昭和24歳  at 09:58Comments(1)

2008年02月06日

“竹組の良い子たち”

昭和29年「夏の日の思い出」。


高崎保育所はいわば戦後復興の中の横丁の一角にありました。
あの時代は一体全体どんな時代だったんだろうか・・・・・
僕の父が昭和22年のシベリアからの復員だから、この記念写真に収まる“お友達”のお父さん、お母さんも太平洋戦争(大東亜戦争)を体験され、
ようやく心休んだ頃のことではなかっただろうか。

“竹組の良い子”たちはみんな夫々に屈託のない笑顔で、中には満面の笑顔、その満面の笑顔が僕こと“ハジメちゃん”だが・・・・・・・
あれから・・・・・そう、丁度“50余年”が過ぎている。
みんなお父さんお母さんどころか中には“お祖父ちゃん、お祖母ちゃんで、
丁度この写真に写っているようなお孫さんを相手に孤軍奮闘の““竹組の良い子”たちも居られるかと思うと可笑しい(笑)。

“高崎保育所”の前は未だバラス道で雨でも降ろうものならぐちゃぐちゃで・・・・・・・
まん前に藤宮風呂釜店、藤巻箪笥店、広瀬の頭領、樋口の佃煮、有間米穀店、山田畳店・・・etcとあり、
並びには野中の鳥屋さん、持田鮮魚、長井下駄店、山盛模型店、安藤自転車店等があった。

そうだ・・・・・「あった」のだ。だから今はもうない。
 
高崎保育所から北へ50メートルほどに高砂町五本辻があった(もちろん今でもあるが)。
その五本辻から北、大川、長野堰一帯は戦前戦中からの工業地帯。
その頃は魚市場、小島機械、水島鉄工所、それと大川、長野堰を利用しての、高崎でも有数の染物工場川原染物店があった。
とにかくこの一帯は活況を極め、上信越・両毛線を挟んで広大な日清製粉をシンボルに工業地帯。
そしてその戦後復興を象徴するかのような“新興住宅地”であった。

まさに雨後の竹の子のような所謂“団塊の世代”が通った“高崎保育所”。
もちろん21世紀、今日、現代、喜ばしく有難くも健在である。


昭和29年4月の“入所式”の記念写真。



戦争が終わって未だ9年目・・・・・・
それでもみんなが“一張羅”でめかし込んでいる。
 
高崎保育所には「松組・竹組・梅組」とあった。そう・・・・・“松竹梅”である。
(別に日本酒の銘柄ではない)

“松組”は「遅生れ」・・・・・・
4月2日生まれから、12月31日生まれまでの子供をそういっている。
もっとも、保育園・幼稚園の1年の開きはでかい・・・・・
僕が丁度2月生まれだから4月生まれのことでは1年からその成長の差はある。そこで高崎保育所としては「松組・竹組」とに分けたのだろう。
因みに僕は早生まれで“竹組”・・・・・・
だから、すでにお兄ちゃん、お姉ちゃんぽい“松組”のお友達とも、入所、卒所は同じで、小学校入学は目出度く昭和29年4月、この記念撮影に収まるお友達は“高崎市立東小学校”に入学している。

昭和29年、両毛線で桐生の桐ヶ丘公園へ。



“高崎保育所”の旗を持つ園長先生もご満悦。

この後この飛行塔に乗って・・・・・・
あと・・・・・水しぶきをあげて回転するボートにも乗った。



つき添ったお母さんやお祖母ちゃん・・・・・・
僕の母も34歳だったからほとんどのお母さんが20代、30代。
お祖母ちゃんらしき人は日露戦争を体験してるかも知れない(笑)。

この頃は未だ僕のお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも健在だった。
丁度この年に観音山に遊園地が開園になった。
その観音山には動物園もできて、その動物たちが市内をパレードしたのを覚えている。

僕たちの子供たち・・・・・・
“フェアリーランド”、そして“カッパピア”の観音山遊園地で育った。
その“フェアリーランド”も“カッパピア”閉園になってしまった。高崎の子供たち可哀相・・・・・

昭和29年、八高線で寄居へ・・・・・



寄居の“玉淀公園”・・・・・・荒川の河川敷での記念撮影。
お母さんたちはもちろん大正生まれ、お祖母ちゃんは明治の女性。
久男ちゃんのお母さん、モッチャンのお母さん、山田のマーちゃんちのお母さん・・・・・・
みんな30代。

たしか荒川の船に乗ったような記憶が・・・・・・
 
八高線の“SL”の旅じゃあなかっただろうか。


河川敷でお昼ご飯。


オッ、山田のマーちゃん“イケメン”。
久男ちゃんの妹、トモ子ちゃん、なに食べてたのかな(笑)。
この間“トモ子ちゃん”とラーメンの“おおぎや”でばったりあった。
そしたら・・・・・・

「この子、孫なの」

だって・・・・・・

ひろし君、僕、久男ちゃん、モッチャン、トモ子ちゃん、
後ろがモッチャンの弟の、のりチャン、ご存知、山田のマーちゃん。
隣の赤ちゃんはマーちゃんの弟、妹?
 
お母さんたち、みんな“コールドパーマ”をかけている。
“さざえさん”スタイルなんだろうか・・・・・・
当時流行の(笑)。

でも今はいない・・・・・

昭和29年の秋。


昭和29年“竹組の良い子たち”より。  


Posted by 昭和24歳  at 15:44Comments(0)

2008年02月05日

“ビル”のカミさん。

ヒラリーって、“ビル”のカミさんでしょ?

共和党でも民主党でも・・・・・

それより何より、“アチラさん”、日本なんか眼中に全くない(笑)。
それを、あたかも同等かのような見せっぷりでそれを映す。

だいいち、アニメの“シンプソン”がメガネをかけたような日本の“フクダ”なんて・・・・・
ビルのカミさん、知らないんじゃあないの(笑)。
小泉元首相だって、ブッシュ大統領、「プレスリーの物まねをした“ガイ”」くらいしにしか思ってないって言うし。

安倍なんてそれこそ・・・・・・
もっとも、日本国民だって、もう“安倍”が総理だったことなんて憶えてない(笑)。

まあ、日本の民主党も、どういう訳か河野議長裁定で裁定の選択しちゃったし。
そんで、シンプソンの友だちみたいな“オザワ”も、総選挙はサミット後だなんていってるし・・・・・・
なんか、よっぽど都合の悪いことでもあるみたいで・・・・・
前立腺を患って出の悪いションベンみたいな物言いでごまかしてる。

いかにして、政治から国民の目をそらすか・・・・・・
三面記事の仕掛けに躍起になってる(笑)。

なに・・・・・
この静けさは・・・・・なに・・・・???

  


Posted by 昭和24歳  at 08:10Comments(1)

2008年02月04日

敬老“残酷物語”

敬老の日が“残酷物語”に・・・・・・

今日の参議院委員会での社民党の福島瑞穂党首の質疑。

まあ「遅きに失した」ことは、かくいう社民党、そして何より国民のほうなんだろうが。
笑ってごまかすか、すますか・・・・・・
そのことで『怒り狂う』“後期高齢者”はいるのかいないのか?

ところで、“後期高齢者”って???

なんでもそれは『75歳以上』の“高齢者”をいうのだとか・・・・・・

『後期高齢者医療制度』

この4月から実施されるのが小泉改革の一環として立法施行された『75歳以上』の爺ちゃん、婆ちゃんを対象にした、

「75歳以上の高齢者同士で支えあう“医療保険制度”」

まあ、経団連の誰それとか、政治家、官僚、等々の高所得の“後期高齢者”なら屁でもないだろうが、
年金生活、それもの5、6万円の“国民年金”に大きく依存して生活する“後期高齢者”にとってはまさに『姥捨て山法』ではないか。

「長生きしてくれてご苦労様です。これからもお元気で長生き・・・・・・」

なんていいながら、

「これからは、75歳以上の高齢者の皆さん同士、助け合い、支えあってお元気に長生きしてもらうために、
新しい“年金”を“年金”から徴収させていただきます」

その改正法、新制度の1人当たりの平均保険料は月額6200円、年額では7万4000円を負担(徴収)。

この“後期高齢者医療制度”では、

介護保険と同様に、世帯単位でなく高齢者一人ひとりから公的年金の天引きで保険料を徴収することになり、
「被扶養者だった高齢者」も保険料支払いの対象になった。
(“天引き”対象は年金が月1万5000円以上)

つまり、扶養家族となっている高齢者にも“新たに”、『後期高齢者医療保険証』が発行される。
その、被扶養者である『75歳以上の高齢者(国保未加入)』にそれぞれ“健康保険証”が市町村から発行される、支給年金から「天引き」で・・・・・・
ということは、介護保険料(全国平均4090円)とあわせると、多くの高齢者が、毎月1万円を“天引き”されるのです。

皆さん、笑いすぎておかしくならないでください(笑)。

正真正銘の『焼け跡世代』。敗戦時、丁度12歳・・・・・・

「耐え難きを耐え、偲び難きを偲び・・・・・・」

なんていわれて、焼け跡に放り出されて、『75歳』。

「自分の面倒は自分でね」と、家族の医療保険から分離され、自己責任で自分の医療費を負担しなければならない。

『75歳以上』といえば昭和八年生まれ、今上天皇の世代で、

小沢昭一(79)、永六輔(75)、野坂昭如(78)、黒柳徹子(75)さん世代・・・・・・

さて、皆さんは?

毎月の天引きが“1万円”ですと!!

すっかり、やられちゃいましたね(笑)。

やっぱり、道路特定財源は“一般財源化”して、医療、教育、福祉にあてるべきです。
それがはっきりしていれば、ガソリンの“暫定税率”なんてもっと高くてもいいんじゃあないんですか。
もちろん、暫定ではなく、恒久法にして・・・・・・

みなさん、そして皆さんのお爺ちゃんお婆ちゃん、
皆さんも大変でしょうけど・・・・・・・

どうしましょ?  


Posted by 昭和24歳  at 18:04Comments(2)

2008年02月04日

雑感「物騒な世の中」



教育基本法改正で米軍は基地縮小から撤退へ。

もちろん憲法改正を目途に防衛庁を“防衛省”にする。

防衛庁の“自衛隊員募集”から、防衛省の“兵役の義務化”。
兵役の義務化はほとんどの世界の常識ですから、『美しい日本』としてはこの“美しさ”を保つにはそれなりの“軍備”は不可欠。

“大日本帝国崩壊”から60年。

しかし依然としてその“大日本帝国政府”が執権のこの“美しい国”。

もちろん米国、連合軍に徹底的の破壊し尽くされた“大日本帝国陸海軍”だが、
時の文民官僚はそのことで“命乞い”からの“売国”に走りそのままそこに居座る。

変わったようで、全く変わっていないこの国の制度は60年余りの歳月を経てその“帝國陸海軍”の代わりに連合軍“米軍”が軍事制圧する。

もっとも防衛省(旧防衛庁)、とくに防衛施設庁は帝國陸海軍の残置でそれは全くその時のまま・・・・・・
それは敗戦を目前に“戦艦大和”を完成させて海の藻屑とさせてしまった陸海軍省、旧通産省、現経済産業省。

敗戦からの朝鮮動乱特需、ヴェトナム戦争特需。
なんのことはないこの国の経済復興は米国の“戦争経済”の下請で成り立ったものでしかなかった。
当然、米国も世界中で戦争をすることでその経済成長を成し遂げてきた。

世界中に紛争の種をまき、それもそろそろ一巡なのだろうか。
すでに米国経済を支え得る地域紛争は“イラク”で最後なのじゃあないか・・・・・・
その意味では、アメリカ巨人、小人北朝鮮は、アメリカの公共事業の口実でしかない。
イランしかり・・・・・・

そのことに米国民の“大統領の言う正義”をどうしてそこまでやるのかとの疑問は。
“アメリカ人”ではないにしても数千名の“アメリカ兵”の死にはアメリカそのものが厭戦感をあらわにしている。
今度米国が戦争で経済を成長させようとしたら“アメリカ兵”を動員しない戦争しかない。


“思いやり予算”

なんとも滑稽な名称の米軍駐留経費のわが国の負担。
毎年3000億円がそれは“受益者負担”として使われている。
まあ、“用心棒代”とも“みかじめ料”とも言えなくもないが、すでに冷戦時の仮想敵国“ソ連”はない。

本来なら“米ソ”の核戦争の危機は回避され新の平和の時代がやってきたはずなのだが、
そもそもそれは米国経済の衰退を意味していた。

ならば、中国、韓国、朝鮮には“日本の右傾化”とか軍事大国化の脅威を吹聴し、
日本には中国、北朝鮮危機を煽り、韓国台湾には“領土問題”を惹起させ「攻めるの攻めないの」と危機感を創る。

数年後には“テナント”の米軍基地を“居抜き”で日本政府に買取らせる。
もちろん“ブラックボックス”はそのままに。

当然“防衛省”なり“国防省”ともなれば“正規軍”としての“兵士”は不可欠。

徴兵するのか、それとも有償“ボランティア”で兵士を募るのか。
いまや“テロとの戦い”をしたくてもアメリカでは“兵士”が思うように集まらない。

米軍の撤退とワンセットの“防衛省”

米軍基地返還と言ったところで、その基地は“防衛省”が引き継ぐことになる。
もちろん軍艦も空母も戦闘機もミサイルも“リース契約”になる。
米兵士が撤収した分の“美しい日本の兵士”が必要になることは歴然。

格差社会、ワーキングプア社会、いじめ社会、職業選択の自由なフリーター社会、
年金崩壊社会、健康保険崩壊社会、家族崩壊社会等々。

そんな社会を一気に解決するのが人の命も国土も再生産のきく“軍需社会”。

現時点での防衛予算、実質的には8兆円超で毎年推移する。

社会を“荒れるだけ荒れさせ”親も子どもを見離し、子も親を見離す。
学校、公教育の今日を徹底的に崩壊させる。教師の引き起こす数々の事件もその腐った様を国民に見せ付ける。

全く意味をなさなくなった“政党政治”。

結局、民主化“日本”は60年たって完全に元の木阿弥。
無駄飯を食い続けてきた政党。

日本社会党は崩壊するも、日本共産党が崩壊寸前にもそこの総議席数は変わらず。
政党が一部の階層の既得権益、利権受益団体の機関としてしか機能していない。

国民の政党離れ。

これは戦前の政治状況と全く変わらない。
選挙をしてもしなくてもなんにも変わらない。と言う事は選挙権なんてないのと一緒。

末端の国民の労働環境はその“女工哀史”そのもの。

“破れかぶれ”ということもあるが、そのうち確実にそうなる。
いや、一部底辺社会はそうなっている。

“物騒な世の中”には“国家”の力にすがるしかないのは必然。


概して、権力者の言うそれ・・・・・・・

「国民のため」とか、「生活者中心」とかは、その真反対のことのほうが、歴史的にも事実のことが多い。

「国民のため」とか、「生活者中心」。

それが一体どういうことなんかの解説が全くない。
  


Posted by 昭和24歳  at 10:05Comments(0)

2008年02月03日

“ベーゴマ”世代

“ベーゴマ”

街中にある“人力屋”(?)だったか・・・・・・
そこで何年か前、末娘が小学校3年の頃だったか(今は6年生)、そこで“ベーゴマ”のセットを買った。

やはり僕は遊びの“天才”である(笑)。
いや、僕ならずとも僕ら世代はほとんどが遊びの天才であった・・・・・・
“昔とったキネズカ”で早速家でダンボールのみかん箱とアンパンマンのレジャーシートで俄仕立ての“床”(“所”かも?)を作った。

太目のカツ糸の端を4、5センチあまらせて2センチほどの間隔で二つの結びコブを作る。
そしてその端に唾をつけて撚りをほぐし“べっちゃ”っとさせる・・・・・

「パパ、汚い!」

「なにが汚いもんか、ここをこうしないと確りとコマを巻けないんだ。
しっかり、きつく巻けば巻くほどコマはモーレツに回転するんだぞ!」

娘は“苦い”といったような顔をし、“ぺっ”と唾を吐きながらカツ糸をなめた。

「気持ち悪い・・・・・」

「バカ、そこが勝負どころなんだ!」

そう言いながら僕は子どもの頃のベーゴマの“身上丸”とか“大将丸”の話をした。

「うそーーーー、そんで、儲かったの?」

「儲かったさ。もちろんお金になったわけじゃあないけど、勝ったベーゴマは土の中に埋めて錆びさせるんだ・・・・・
そしてその錆びたベーゴマにヤスリをかけたりして強いベーゴマにするんだ。
“ペチャ”とか“高”とかいってみんなが強いベーゴマを作ろうと工夫をする・・・・・・」

何度やっても娘はベーゴマが上手く負けない・・・・・・
弱々しくほどけてしまうか、やっと負けたと思ったら“たらっ”と力なく回るだけ。

「ほら、こうやって巻くんだ・・・・・・」

そう言って僕は唾のたっぷり染みこんでガッシリと巻きつけたベーゴマを勢いよく“床”をめがけて“ビュッ”とベーゴマを落とした。

“ブーーーン!!”

それは唸りをあげるようにしてまるで“どうだ!!”といわんばかりに回った。
もうひとつのベーゴマをすばやく巻いた僕はその勝ち誇ったような先手のベーゴマにぶつけるようにして投げた。

そうだ、ベーゴマにはルールがあった・・・・・・

“突きあり”か“突きなし”

そして“のっけあり”か“のっけなし”

そしてもうひとつの“ウルトラC”は逆巻きの“投げ”。

この“投げ”は相当の熟練したテクニックが要求された。右回りのベーゴマに対して左回りに回転させる。
とくに“ギッチョ”のやつと勝負する時にはその技を使わないと勝負にならないことがあった。
相撲で言えばガップリ“四つに組む”という技である・・・・・・

床の上で二つのベーゴマが勝負のつかないまま先手のベーゴマが止まりそうになる。
その時にもひとつのルールがあった・・・・・・

“取りあり”か“取りなし”のルールだ。

本当は「“チッチッチッ!!”」で同時に投げるので勝負がつかない場合は先に止まった方が負け・・・・・
そこで未だ回転しているほうのベーゴマの主が、相手のベーゴマが止まったと見るや“とうっ!!”と言って片手で掴む。
そこで上手く掴めたら勝ち。もし少しでもこぼれそうになったらその勝負は引き分け。
そしてその掴み方にもルールがあった。“クソ掴み”は御法度・・・・・
素早く“サッ”と掬い出すようにして掴まなければ勝負は無効になってしまう。

もちろんそこにいる悪ガキが審判だ。
当然“ズル”はできない・・・・・赦されない。
それらのルールに“ズル”するなり“ファウル”をするとそこでの勝負から“ハジキ”にされる。

そんな僕の話に娘は・・・・・・

「パパの子どもの頃って凄かったんだね」

「そうさ、メンコだって自分で油を染み込ませたり、それをカツ糸で縫い合わせたりして、勝負メンコを作ったんだぞ」

娘は、感心しているのか呆れているのかわからないような顔をして・・・・・

「で、パパって・・・・・本当に勉強嫌いだったの?おばあちゃんが言ってた」

お後がよろしいようで・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 13:12Comments(0)

2008年02月02日

中国食材

どうしょうもない“食料行政”。

昨年の船場“吉兆”ではないが、産地偽装表示・・・・・

そう思うえばその“吉兆”はましである(笑)。

産地偽装なのだから。

昨日、フレッセイで『味の素の冷凍餃子』は・・・・・

「全て、国内の工場で徹底した品質管理のもとに製造されたものです」

との表示にひとまず安心?

ところが、食材の、つまり加工原料は、あの、“ミートホープ”じゃあないけれど、
国内生産、製造される“食材”の原料・・・・・・
とうぜん、野菜の“具”とか、餃子、シュウマイ、カレー、ハンバーグの“具”となる加工原料は・・・・・
そのほとんどが『中国産』とか。

つまり、“製品輸入”するか、“半加工輸入”するか、“加工原料輸入”するか。

例えば、“えびシュウマイ”の“えびの具”とか、ハンバーグの具の“ミンチ肉”とか、あらゆる食品の。
ほとんどが輸入魚介類だし、豚、牛、鶏肉だし、その具だけが国内産と言うことは考えられない。

つまり、

「このバタピーナッツは中国産のピーナッツを原料輸入して、国内の当工場で完全な品質管理のもと製造しました」

とかの表示のように、原材料が“ピーナッツ、落花生だけの加工食品なら『中国産』だけでもそう問題はないが、
エビフライ、てんぷら、ミートボール、から揚げ、等々のように、あらゆる添加物があったり、それを製品にするための原材料があったり、
ましてや、その原材料がどこで採れて、どこで、どのように加工されたかの情報は全くない。

これが、完全国内産の原料を使っている、まあ精々が、“船場吉兆”の『但馬牛』を『佐賀牛』と故意に偽ったとしても、
いずれも、国内産、国内加工と言うなら問題はないが、
その、「国内の工場で製造しました」という“味の素”だって、原材料が100%国内産と言うことはまずありえない。

中国産食材原料は、国内で流通する多くの食品に使われているのが実情。
そのためか、今回の“JTフーズ”問題で、食品メーカーや小売り企業が、これまで公表した商品以外でも、
回収や店頭撤去を迫られる可能性が多いらしい。

じじつ、回収している企業も出始めている。

加工食品では、複数の工程を経て最終的に国内で製造した場合、材料の産地を表示する義務はない。
「天洋食品」の原材料の“牛肉”を使用していた日本生協の商品「レトルトカレー」も、産地は表示していなかった。

厚生労働省も、農林水産省も分けの分からない説明、言い訳をしているが・・・・・・
このことが、日本の農業、国民の食生活をなおざりにし、犠牲にして、企業利益一辺倒の行政だったことが透けて見える。

厚生労働省の言う日本の『食料自給率』は・・・・・・・

“39%”

と言うが、しかしそれは行政の、政治の結果ではないのか。
しかもその厚生労働省の言う“39%”という『食料自給率も、実にいいかげんなもので、わけのわからない・・・・・

“カロリーベース”

現実のその自給率は実に“20%”を大きく割り込んでいる。

もはや、この国では政府の政策で『農水産業』は完全に崩壊せしめられた。

この国が輸出産業で持っているというのは全くのうそで、
たしかに、東証株価の“日経平均”にはそうした「トヨタ、キャノン、NEC」とかがあるが・・・・・・
それらは、GDP、国内総生産に占める割合は、輸出が11%で、輸入が10%。
ということは輸出から輸入を引いた“純輸出”は、たったの1%しかない・・・・・・

日本経済への貢献度はたったの“1%”でしかない。

それが、円高だので大打撃だとかいうが、実は『超円高』のほうが国民生活にとっては好都合。
その円高に「ドル買支え介入」までしてトヨタ等、ほとんど経済貢献しないどころか、輸出特例、特租税でその輸出代表企業10社で9000億円からの・・・・・・

消費税還付を、われわれ国民が支払わされた消費税から還付を受けている。

敗戦戦後と、アメリカの戦争の『朝鮮特需』、そして『ベトナム特需』で、他人の不幸で“奇跡の経済復興”したこの国。
その後、佐藤政権時代の対米“繊維交渉”、中曽根以降の対米“自動車交渉”で国内産業の多くを犠牲にし、
あげくが、このところの対米“農業交渉”ではついに日本人の主食である『米』、稲作まで犠牲にして開放する・・・・・

いや、これは交渉などではなく、脅されて『脅迫』されての結果で、あまり報道はされないが、永田村には“ムシロのノボリ”がたなびいている。
これも、自動車、鉄鋼、電子製品の輸出と引き換えの、たった“1%”の利益のために国民生活を犠牲にする政治、行政。

中国でもそうだろう・・・・・・

日本での労働市場を崩壊させ、ほとんどの加工生産工業を機械ごと移転。
たしかに、中国人民にはその労働市場確保のためには絶好だろうが、そのことで日本の加工産業は壊滅。

実際、作っていると思った「加ト吉」も、「JTフーズ」等々も、完全製品輸入。
そして、その加工食品の検査体制もほとんどない。

そんな、輸入食材との競争で苦肉の策の“ミート・ホープ”が国内生産で偽装した“牛ひき肉”。

なんのことはない、その元凶は政府、行政ではないのか。

冷凍食品でも腐りますよ・・・・・・
なにも、冷凍食品保存のために冷蔵庫を買い換えることはない。

パナソニックもトヨタも海外での販売価格は日本のそれよりはるかに安い。

ところで、住宅建材もほとんど輸入で、日本の林業を圧迫している。

「日本は資源がないから輸出して外貨を稼がなければならない」

とか言うが、今ではその外貨は有り余って処分に困って米国財務証券を買う仕組みにされている。
その外貨がいくらあったところで・・・・・

「ニッポンには売らない」

と言われたら、それまで・・・・・・
中東産油国だって、日本が油田開発輸入までしているのに、決まった分しか売らない。
イラクの油田開発だって。総額1兆円のからの借款ではじめたって、アメリカの戦争で全てがおじゃん(笑)。
イランのアザデガン油田開発も“どこかの国”がストップをかけた。

そして今日の石油急騰は生産量の数十倍を先物商品として証券化したその結果でしかない。
証券というカネの亡者が金儲けだけのために、普通の国民が普通に必要とする石油でペーパー商法するさもしい世界。
サブプライムローンも、アメリカの低所得者層の“住宅ローン”債権を、ペパー商法に。

そうやって、すべてのものが極一部の死の商人にコントロールされる。

国民、せめて、口にするものだけはなんとかするように考えた方がいい。
僕ら爺はもういいが、これからの子どもたちは、このままではとんでもない状況に置かれる。

だって、生活者の味方『生協』があれだ(笑)。

高くては売れないというのは分かるが・・・・・
いくら安くても「食えないもの」は売れない。

しかも、その生協が、日本国内の生産者の仕事を奪ってまでしなければいけない仕事とは思えない・・・・・・

“食品の製造輸入(OEM)”

パッケージを見ればまるで日本国内産(笑)。
これも偽装ではないのか・・・・・



ほとんどが原産国名「中国」とひょうきされているだけ・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 14:31Comments(0)

2008年02月01日

殺虫剤入り“餃子”

三食買出し。

僕の子どもの頃の話しだから、相当古い話しになる(笑)。

朝ごはんは、たいがい“卵かけご飯”か、納豆と佃煮に、
夏場なら「ナス、きゅうり」の糠漬け、冬場なら「沢庵か白菜」の漬物。

あの頃は、“納豆売り”のおばさんが卵も一緒に僕の横丁には売りにきた。
卵は、僕の家からもかなり近かった養鶏場から毎朝生みたてのそれを仕入れて売り歩いていた。
納豆はなんでも自家製とか言っていたが、経木で三角に折られて包まれた納豆。

「納豆ぅ、なっと、なっと~~~ぅ、タマゴっ」

そんな売り声だった。乳母車を改造した手押し車に段かさねにされた三角の納豆と、竹篭にいっぱいの真っ白いタマゴ。
母に言われて、眠い目をこすりながら滑りの悪い滑車の引き戸を下駄で蹴飛ばしながら、

「おばちゃん、納豆と卵ちょうだい」

僕がそういうと、おばさんはアルマイト弁当箱にいっぱい詰まった“カラシ”を。
三角の納豆の経木ヒモを「ヒョイ」と解くとヘラのようなものですくい納豆の脇に載せる。

「のり、いっぱいかけとくからね」

そう言うとおばちゃんは、使い古したブリキの茶筒のふたを“パコッ”とあけると、小器用に“サッサ、ササッ”と納豆にふりかけると、
また、なれた手つきで経木をたたむと、“クルッ”、“ギュッ”と縛り、

「ほらっ・・・」

と、僕がぶら下げている、ハギレで母が作った僕専用のお使い袋に卵と一緒に入れた。

あの時代、確か納豆も卵もそれぞれが“5円”ではなかっただろうか。
昭和32、3年の話しである。

それが僕の横丁の朝餉の光景だった。

納豆売りだけじゃあない。
豆腐屋さんも「パ~プ~、パ~プ~」とハンドルのところと、荷台のところにコイル状のスプリングのついた、
いかにも、豆腐屋さんの自転車といった趣のその荷台にブリキの内張りの施しのある水の入った木箱に豆腐を詰め込んで僕の横丁を流していた。

一人っ子だった僕は小さい頃はよく母にくっついて夕餉の買出しに行った。

僕の横丁の商店街は僕の学校の近くにあって、

まず、八百屋さん、魚屋さんで買い物。もちろん冷蔵庫なんかあるわけがないのでその夕食に食べるだけの野菜と魚。
母親の懐具合のいい時には“干物”に“佃煮”を買い置きする。
そういえば、“肉屋さん”は僕が中学に入る頃まで僕の横丁の商店街にはなかったが、
そもそも、僕らのそれまでの食習慣には、ゼイタクと言うこともあったのかは知らないが、

『肉を食う』

と言うそれはなかった。
動物を食うために育てるというこの国の習慣はいつ頃からなのだろうか。


今日の“食糧危機”。つまり、食料自給率のそれは原材料どころかスーパーの店頭の「食品」のほとんどが輸入。

日本人、なにを怒っているのだろうか・・・・・・

『農薬入り餃子』に『BSE牛肉』

鶏肉、豚肉、えび、カニ、加工魚、等々、ほとんどが輸入ではないか。

怒りの矛先を“輸出国”に向けるのはお門違いではないのか。
これは、国の政策の結果なのだ。僕らが、国民が選んだ政治の結果なのだ。

それらの、『農林水産業』、食糧生産が立ち行かないように立法し、行政し、
商社の、商社による、商社のための行政の結果ではないのか。

今、それらの『食品』は“商品相場化”されている。冷凍食品などはその典型で、
いわゆる『業転モノ』。石油のそれである、商品相場『博打』のタマにされ、実物の数倍が相場取引されている。

アメリカのサブプライムをいうどころではない。
低所得者のローンを“証券化”するなどという、経済ではない、博打の世界。

しかし、この国では政府が食糧危機を作り出し、その食糧危機を『商品相場化』している。

つまり、今日、日本国民が口にしているのは『食品』ではなく『モノ』でしかない。

つまり、国民にモノを作らせては行政は儲からない。
ODAとかで、食糧生産のほとんどを海外の発展途上国に移転させ、輸入で莫大な利益を食む、政官業の仕組み、悪巧み。

12月の発覚が、一ヵ月後まで放置・・・・・
そして“JT株”を売り抜けた相場師とそれをトボケル政治(笑)。

この、『殺虫剤入り餃子』の報道で、
みすぼらしい政治のさまがテレビから、実に都合よく消えた・・・・・・

中国の『女工哀史』。月給、1万円の人民が作るそれを「400円、500円」で流通させるニッポン行政の仕組み。

原価は40円、50円(笑)。

いや、そんなにするはずがない・・・・・・
家畜のエサがそんなにするはずがないではないか。

だいいち、なんで元専売公社が食品なんだ。
猛毒のニコチンを商品化するついでっていうことじゃあないだろうな(笑)。

そうやって、国策、半官半民の“民営化偽装”で国民から仕事を奪い食糧危機を創る。
国鉄も、商店街から商店を締め出す“モントレー商法”。
日本電電公社も、郵政公社も「民営化しましたから」と国民の資産を、株主の資産に移しかえる・・・・・・・

悪徳国家もここに極まり、国民はここに窮まる。


  


Posted by 昭和24歳  at 14:09Comments(0)

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