2008年02月06日

“竹組の良い子たち”

昭和29年「夏の日の思い出」。


高崎保育所はいわば戦後復興の中の横丁の一角にありました。
あの時代は一体全体どんな時代だったんだろうか・・・・・
僕の父が昭和22年のシベリアからの復員だから、この記念写真に収まる“お友達”のお父さん、お母さんも太平洋戦争(大東亜戦争)を体験され、
ようやく心休んだ頃のことではなかっただろうか。

“竹組の良い子”たちはみんな夫々に屈託のない笑顔で、中には満面の笑顔、その満面の笑顔が僕こと“ハジメちゃん”だが・・・・・・・
あれから・・・・・そう、丁度“50余年”が過ぎている。
みんなお父さんお母さんどころか中には“お祖父ちゃん、お祖母ちゃんで、
丁度この写真に写っているようなお孫さんを相手に孤軍奮闘の““竹組の良い子”たちも居られるかと思うと可笑しい(笑)。

“高崎保育所”の前は未だバラス道で雨でも降ろうものならぐちゃぐちゃで・・・・・・・
まん前に藤宮風呂釜店、藤巻箪笥店、広瀬の頭領、樋口の佃煮、有間米穀店、山田畳店・・・etcとあり、
並びには野中の鳥屋さん、持田鮮魚、長井下駄店、山盛模型店、安藤自転車店等があった。

そうだ・・・・・「あった」のだ。だから今はもうない。
 
高崎保育所から北へ50メートルほどに高砂町五本辻があった(もちろん今でもあるが)。
その五本辻から北、大川、長野堰一帯は戦前戦中からの工業地帯。
その頃は魚市場、小島機械、水島鉄工所、それと大川、長野堰を利用しての、高崎でも有数の染物工場川原染物店があった。
とにかくこの一帯は活況を極め、上信越・両毛線を挟んで広大な日清製粉をシンボルに工業地帯。
そしてその戦後復興を象徴するかのような“新興住宅地”であった。

まさに雨後の竹の子のような所謂“団塊の世代”が通った“高崎保育所”。
もちろん21世紀、今日、現代、喜ばしく有難くも健在である。


昭和29年4月の“入所式”の記念写真。



戦争が終わって未だ9年目・・・・・・
それでもみんなが“一張羅”でめかし込んでいる。
 
高崎保育所には「松組・竹組・梅組」とあった。そう・・・・・“松竹梅”である。
(別に日本酒の銘柄ではない)

“松組”は「遅生れ」・・・・・・
4月2日生まれから、12月31日生まれまでの子供をそういっている。
もっとも、保育園・幼稚園の1年の開きはでかい・・・・・
僕が丁度2月生まれだから4月生まれのことでは1年からその成長の差はある。そこで高崎保育所としては「松組・竹組」とに分けたのだろう。
因みに僕は早生まれで“竹組”・・・・・・
だから、すでにお兄ちゃん、お姉ちゃんぽい“松組”のお友達とも、入所、卒所は同じで、小学校入学は目出度く昭和29年4月、この記念撮影に収まるお友達は“高崎市立東小学校”に入学している。

昭和29年、両毛線で桐生の桐ヶ丘公園へ。



“高崎保育所”の旗を持つ園長先生もご満悦。

この後この飛行塔に乗って・・・・・・
あと・・・・・水しぶきをあげて回転するボートにも乗った。



つき添ったお母さんやお祖母ちゃん・・・・・・
僕の母も34歳だったからほとんどのお母さんが20代、30代。
お祖母ちゃんらしき人は日露戦争を体験してるかも知れない(笑)。

この頃は未だ僕のお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも健在だった。
丁度この年に観音山に遊園地が開園になった。
その観音山には動物園もできて、その動物たちが市内をパレードしたのを覚えている。

僕たちの子供たち・・・・・・
“フェアリーランド”、そして“カッパピア”の観音山遊園地で育った。
その“フェアリーランド”も“カッパピア”閉園になってしまった。高崎の子供たち可哀相・・・・・

昭和29年、八高線で寄居へ・・・・・



寄居の“玉淀公園”・・・・・・荒川の河川敷での記念撮影。
お母さんたちはもちろん大正生まれ、お祖母ちゃんは明治の女性。
久男ちゃんのお母さん、モッチャンのお母さん、山田のマーちゃんちのお母さん・・・・・・
みんな30代。

たしか荒川の船に乗ったような記憶が・・・・・・
 
八高線の“SL”の旅じゃあなかっただろうか。


河川敷でお昼ご飯。


オッ、山田のマーちゃん“イケメン”。
久男ちゃんの妹、トモ子ちゃん、なに食べてたのかな(笑)。
この間“トモ子ちゃん”とラーメンの“おおぎや”でばったりあった。
そしたら・・・・・・

「この子、孫なの」

だって・・・・・・

ひろし君、僕、久男ちゃん、モッチャン、トモ子ちゃん、
後ろがモッチャンの弟の、のりチャン、ご存知、山田のマーちゃん。
隣の赤ちゃんはマーちゃんの弟、妹?
 
お母さんたち、みんな“コールドパーマ”をかけている。
“さざえさん”スタイルなんだろうか・・・・・・
当時流行の(笑)。

でも今はいない・・・・・

昭和29年の秋。


昭和29年“竹組の良い子たち”より。  


Posted by 昭和24歳  at 15:44Comments(0)

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