2020年02月27日

新型コロナウィルス...

新型コロナウィルス...

伊香保だけじゃない、どうします温泉県...

キャンセル1万6500人 旅行自粛影響広がる 伊香保
 新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大に伴い、群馬県渋川市の伊香保温泉で2~5月の宿泊キャンセルが少なくとも1万6500人に上ることが26日、分かった。3~5月の宿泊予約も前年に比べ3割以上減少しているという。感染を避けるため、県内温泉地などで旅行自粛の影響が広がりつつある。

 伊香保温泉旅館協同組合が加盟する45の旅館・ホテルに22日にファクスでアンケート用紙を送り、25日夕までに回答のあったものをまとめた。

<引用:2020/02/27 上毛新聞>
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/politics/196090

ま、コレ、最終的に被害の拡大によっては政府、責任の擦り合いだろね、安倍政権だし...

今日も予算委員会やってるけど北村誠吾内閣府特命担当大臣といい森まさこ法務大臣といい無茶苦茶だ。

ところでコレなんだが↓

C.I.A. PATENT US7220852B1 – CORONAVIRUS AKA SARS

January 24, 2020 by Edward Morgan

Do you wonder how this virus jumped over from China to the USA in no time?

While researching the online archives we found a hard truth: The father of this Virus is the CDC (Center for Disease Control and Prevention)

The virus didn’t originate in China but it is a C.I.A. gift to China to bring it in line to cough up the much needed funds the USA, Inc. needs to avoid bankruptcy on January 31st 2020.

For all those with IQ’s lower than a gold fish the added bonus is that they will have the opportunity to take advantage of the soon coming Free mass vaccinations for all! Yeah!

Alas the Deep State / US government, Inc. will soon have the FREE inoculation we all need to stay alive!

In the below patent you’ll find 72 pages of truth so you can be the judge of this terrible “sudden unknown outbreak”

Pease read the patent on the link below first, then download it and share this article far and wide before the DEEP STATE AGENTS delete it. Stay wise and healthy!


新型コロナウィルス...
  


Posted by 昭和24歳  at 15:14Comments(0)

2020年02月27日

アホウ首相、政府紙幣の検討表明

アホウ首相、政府紙幣の検討表明


無利子国債・政府紙幣の検討表明=首相「いいことだ」
3月11日18時43分配信 時事通信

麻生太郎首相は11日夜、自民党の議員連盟が提言した政府紙幣や相続税免除特典付き無利子国債の発行による景気対策について、

「100年に1度(の経済危機)ということでいろいろなアイデアが出てくる。いいことだと思う」

と述べ、検討対象とする意向を明らかにした。首相官邸で記者団の質問に答えた。

全くアホウ首相だぜ(笑)

トウシロウのこのオレでさえ去年あたりから言ってるって言うのに...

ついこの間までは「考えたこともない」とか言っていたんじゃあねえのか、アホウ首相!!

こういうことは、機を見計らっちゃあだめなんで、ホントはアホウ首相、首相になったとき、即断行すべきだったんだ。

それをチマチマ、定額減税だの じゃあ効き目がないって言うんで、定額給付金だとかで、それもいい大人に今時“12000円”なんて、子どものお年玉の方が上だっていうの!!

で、相続税免除の「無利子国債」だって、 コイツラ、どこまでも金持ち感覚なんだね。何で相続税免除なんだよ!!???

普通の庶民は少しくらいの財産残したって相続税の対象になんかならないし、ニッポンの個人金融資産が1400兆円とか言ってるけど、
これは全くのウソで、その金融資産っていうのは、例えば3000万円の住宅ローンとかの残金分もカウントされてるし、生命保険、損害保険のも。
で、実際、現ナマでの「金融資産」は精々がその3割程度とかです。

まあそれにしても、1400兆円の3割っていうことは“420兆円”も現ナマ、現金があるっていう話だから、ビックリしちゃうんだろうけど(笑)。

しかし、一般国民大衆の貯蓄はゼロ金利で目減りする一方です。

で、相続税免税ですって。なんでそんなややっこしいことをするんでしょうか!?

で、“政府紙幣”なんだけど、正直賛否両論です。ハイパーインフレ恐怖論とか。

しかし、「百年に一度の経済危機」を一体いつまで引きずらせるつもりなんでしょうか。

コイズミ首相は、「痛みに耐えて」といってそのままトン面です。

今、政府は金融機関、大企業救済のための“公的資金”「納税者のおカネ」を言い出しています。
しかし、今、企業に公的資金「納税者のおカネ」を投入しても、赤字の埋め合わせか事業再構築にしか使えない。
つまり、企業の延命策にしか使えない。

結局国民は、痛みに耐えながら死んでゆくことになる。

要するに、在庫過多でモノが売れない。売れないから在庫調整、ひいては生産調整をする、したがってリストラをする。

結局、このままでは経済そのものが崩壊しかねない。

そこでだ、それには、つまり内需拡大しかない!!

今、国民大衆に「おカネ」がない、小泉政権下で大衆増税が極めついた。

つまり、政府が国民から徴税した消費税なり、所得税なりをこの際、その失政を認めて「お返しします」と...

消費税だけでも20年分なら“200兆円以上”になる。

早い話、「消費税」がなかったものとして、政府は国民に還付する。
立派な大義名分ではないか!!

トヨタやキャノンには輸出の際にという理由で総額数兆円の消費税還付をしているではないか。

今度の、12000円の「定額給付金」だって、それは還付なのだ!!

たしかにインフレ懸念をするのはわかる。しかし、市場にカネがない。
カネがないどころか、リストラ、首切りで否応なしに消費ができない経済環境になってきちまっている。

まあ、政府紙幣では危険だというなら、富裕層への資産増税だ。
現ナマの420兆円とその資産に課税する。
つまり貧困層には消費税還付をして、富裕層には課税強化をする。

結局、トヨタに公的資金を注入しても、国民大衆が“トヨタ”を買えなければ何にもならない。
イオンに公的資金を注入しても、モノが売れなければ意味がない。
JAL、ANAに公的資金を注入しても、誰も飛行機に乗れないのでは全く意味がない。

無利子国債・政府紙幣の検討表明=首相「いいことだ」

「いいことだ」と思ったならすぐに実行に移せ!!

しかしその政府紙幣を、お前らで山分けすんなよ!!

アホウ首相、政府紙幣の検討表明

  


Posted by 昭和24歳  at 09:41Comments(0)

2020年02月26日

記憶の中の政治家「塚原俊平」

記憶の中の政治家「塚原俊平」

1997年12月19日(50歳没)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%9A%E5%8E%9F%E4%BF%8A%E5%B9%B3

故・塚原俊平衆議院議員(通産大臣)、奇しくもアベ晋三と同じ成蹊大学、昭和の妖怪、岸を源流とする清和会にあった。

僕はなんでも本音で話す鷹揚とした彼のキャラが好きでファンだった。

今ごろは世が世ならばあのキャラからも自民党において旧田中派、経世会消滅に相当の地位にいたのではないか。

田原総一朗: 「そんなに、経世会というか橋本派は怖いんですか?」

塚本俊平:怖いなんていうもんじゃあないですよ!」

橋本内閣、海部内閣の1980年代から1990年代初頭にかけての旧田中派、つまりは竹下謀反からはじまった旧田中派の崩壊という政変劇の渦中にいて、どちらかと言うと官僚体質の岸、佐藤、福田の“自らの手を汚さぬ”といった政治手法の派閥に実力を示していた塚原俊介。
その間の小泉純一郎自民党総裁選レースには心血を注いだ。

「そんなに...?」

という田原総一郎の問いに、

「怖いなんていうもんじゃあないですよ!」

と、半分冗談交じりとも取れるもの言いの発言だったその塚原俊平。

その“怖い”とは他でもない今では一見、好々爺ともとれなくない“小沢一郎”のそれであった。
当時はテレビにはほとんど出ない。出てもいつも怒ったような、苦虫を潰したような顔で当時は海部内閣、与党自民党の、若干、48歳の幹事長。
その総選挙では経団連傘下企業から“300億円”の政治献金を集金したり、 第一湾岸戦争には総額“130億ドル”を多国籍軍に支援。

その小沢一郎が国民の生活の代表時代その党首討論で...

「アベ総理はっ、そう仰いますが...」

と言うと安倍総理...

「小沢さんはそう仰いますが、では小沢さんが幹事長だった時アメリカに...」

云々と切り替えされてどうも話がかみ合わない。

まるでバカボンパパの“アベ首相”と、いつのまにか『二代目・子泣き爺』の趣の“小沢代表”。

二昔前なら、アベ晋三なんて畏れ多くて言葉を交わすことすらできなかった小沢一郎。
いつまでもセブンイレブンの売れ残りのハンペンみたいなことを言ってないで...

「貴様俺の言うことがわからんのかつ!!」

と、一喝したらどうかと思うんだが。そしたらそれこそ、そうでなくても胃腸の具合の悪いアベ総理、びっくりして座りションベンしちゃうかもしれない。

もっとも今は“サラリーマン総理”、その政治的キャリアも“悪質さ”からもその敵ではないというか、「格の差」さというか。
しかしまあ、ルーツはといえば岸信介の“サラリーマン総理”と、佐藤栄作の“子泣き爺”なのだが...

岸信介と佐藤栄作は実の兄弟で、サラリーマン総理の御父君、「天の声にも変な声がある」と仰った福田赳夫元総理と、
子泣き爺のボス、闇将軍は同じ佐藤派、佐藤栄作の後継総裁・首相の座を争った仲、結局闇将軍が勝利したわけだが、
つまり、“サラリーマン総理”も“子泣き爺”も根っこは同じ。やはり国民蚊帳の外ということではないか(笑)。

田中角栄は児玉誉士夫との面識はないとか書いてあった。
その意味では田中角栄は稀代の“政治ヤクザ”の大親分。自ら手も汚す、人も切る、大博打もする。
投獄もされている。2回も(笑)。
官僚政治家であった、岸、佐藤、福田は自分では手は汚さず国家権力を盾にヤクザ、暴力団、右翼を使う。
官僚であり、党人派でもある中曽根もやはり陰に陽にもっとも右翼暴力団を政争の具に使った。

そんな清和会にあってやはり小泉純一郎元総理は異形だった。
政治家三代目だが、初代小泉又次郎は全身に昇り龍の刺青を背負った、浜口雄幸、若槻礼次郎内閣での“逓信大臣”となる祖父をもち、小泉組の稼業は横須賀湾港湾役務の人入れ稼業。
つまりは侠客の独占市場。神戸港、大阪港、名古屋、横浜、東京がそうであるように。

その意味では、小泉純一郎は“カタギ”ではない。小泉純一郎の論法もそれはまさに“ヤクザの機転”そのものである。
だから、一般大衆にはわかりやすい、ヤクザの大親分に諭されてるようで「そうかなあ」と思えてしまう。

田中角栄を言うならそれは戦後闇市の“経済愚連隊”。岸、佐藤、福田は古式ゆかしき侠客、博徒のそれだ。

まあ、実は“新円成金”ということでは五十歩百歩でその意味では国民なんていうのはその道具でしかない。
今の政治状況は跡目を継いだ二代目三代目の「腕試し」てぇところだろうか(笑)。
喩えて言えば“梨園”の世界、十八番も役者が大根ぞろいではアクビも出ようというものではないか(笑)。

塚原俊平。

今ごろ草葉の陰で何を思う...

記憶の中の政治家「塚原俊平」
  


Posted by 昭和24歳  at 20:25Comments(0)

2020年02月26日

【団塊世代】僕らは夢に向かって生き、夢の中に生きた

【団塊世代】僕らは夢に向かって生き、夢の中に生きた

↑今でもこういう格好した
おじいちゃんいますし...


65歳以上、最多3588万人=全体の28%、世界最高-総務省
「敬老の日」に合わせ総務省は15日、65歳以上の推計人口を発表した。同日時点で前年比32万人増の3588万人と過去最多となり、総人口に占める割合も28.4%で最高を更新した。この割合は世界201の国・地域で最も高い。超高齢社会を見据え、医療、介護、年金といった社会保障制度改革や労働力不足などの課題に早急に取り組む必要性が改めて浮き彫りになった。
 <抜粋引用:2019年09月15日17時13分 事通信ドットコム>
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019091500326&g=soc
>総人口に占める割合も28.4%で最高を更新した。

まあ、あと5年、2025年には800万人からの団塊世代がオール「後期高齢者」ですから...

高崎だって平成の大合併とかで無理くり高齢者増やしちゃってますから65歳以上、現在94251人、その2025年には107,256人。

で、空恐ろしいことに2025年には認知症の高齢者が全国でおよそ700万人、つまり約2割の高齢者がつうことです。

つうことは高崎市、その時点での高齢者107,256人だからその2割つうと約21,451人とか...

まぁねっ、高崎市だって毎年自然死と少子化で約2,000人づつ人口減少がつづいてるわけで、どうすんだろゲージツ劇場(笑)。

ま、2025年ったらもうすぐです.

東京オリンピックだの言ってるけどそんなことやってる場合じゃあないだろうと思うんだが...

そしたら新型肺炎「コロナウィルス」とかでインバウンドどころの騒ぎじゃあない。

で、経済は無茶苦茶でGDPは年率6.3%現象って言ってるのに安倍政権は「日本経済は緩やかに回復」って、もう嘘は通用しない。

そこへ「コロナ」の来襲です。安倍首相「人ごみは避けましょう」だって(笑)。で、軒並みイベントは中止で東京の大手デパートスカスカ。

で、タクシーにも乗れない。だって誰乗せて走ってるのかわからないから。もちろん山手線だって、時差通勤呼びかけだって。

まあ、国民大変です。ワクチンの開発だって政府、どんどん予算カットしちゃってようやく新型コロナウイルスの簡易検査キット開発に国内の臨床検査薬メーカーが着手し始めたって、どうしょもない政府だ。

ま、それもそうなんだけど、高崎だって大変だよ2025年。今の長老市会議員「逆風会」ですか(笑)。

市長だってもうやんないだろ、そん時は76だしどうすんのさ「高崎スタイル」「高崎開運食堂」、高崎アリーナも高崎芸術劇場も政府官邸、イベントはこの2週間自粛って、ま、高崎市も間が悪いよね。

で、僕自身が高齢者だからっていうわけじゃあないけど、この一年老人介護施設を回ってのボランテイァ演奏してきたけど、はっきり言って介護する方もされる方も大変です。

そして住居型ホームに入居する高齢者も、デイサービスで通所する高齢者もそれをケアする若い職員も大変そう。

まあ、アレだ。もうこれは国策、公共事業としてやるしかない。以前にも書いたが、保育士、看護師、介護士も公務員として採用しそれぞれの施設に派遣する。もちろん給与等すべての待遇も公務員として。

そしてそれを今の現役世代に「介護保険料」として負担させるのではなく国が、厚生労働省が財務省に「社会福祉目的国債」として予算請求するか、道路特定財源のように社会保障特定財源ろしてそれらを充当する。

まあ、下級市民がそういったところで政府に届く話ではないだろうから、その仕事は地方自治体の議会議員の役割だろう。

つまり国会議員の支持、支援者として国政選挙の際の票の取りまとめは地方自治体議会議員に求められる仕事ではないのか。

もう時代は変わり目だ。地方自治体議会議員が「国政」に物申すことだ。

もちろん、国政選挙にあっての低投票率の要因は、地方議会議員への低投票率も大きな素因となってると地方自治体議会議員自身が自覚すべきだろう。

まぁね、その肝心の地方自治体議会議員の日常の政治活動が全く見えない。有権者、市町村民がそれを求めるようなことはまずない。

市議会、県議会をみればとてもじゃあないが、それは議会、議論と呼べものは全く感じられない。

もちろん保育園も、病院も、介護施設もそうした地方自治体議会議員がその現状を知るべく活動をしているかという報道はいまだ知らない。

僕ら団塊世代は夢に向かって生き、夢の中に生きた。そしてその夢の中に人生を終わる...

そろそろ僕らはそれを見届ける時期なのかもしれないが、令和の子どもたちに僕らが見た、見つづけた夢があるのだろうかと、案ぜずにはいられない。

【団塊世代】僕らは夢に向かって生き、夢の中に生きた  


Posted by 昭和24歳  at 15:00Comments(0)

2020年02月25日

赤坂の荘「高崎」

赤坂の荘「高崎」

毎週土曜日やってま~す。

どうやらこの町は秀吉、“関白宣言”の最中、16世紀の半ばに箕輪城から「高崎」に城が移築された頃からが始まりのようだ。
その「高崎」は東は現在の弓町、羅漢町辺りまで。北は赤坂、南は新町、若松町までのところだろうか、西に烏川を背にした「高崎城」。正式な呼称が何であったかは咄嗟には浮かばないが、それを「和田城」とも聞く。
ま、遡ること律令時代にはその七道のひとつ東山道の時代にはここ高崎は「赤坂の荘」と呼ばれていた。その名残が高崎の「赤坂」なんだろうか。

古い地図を見ると面白い。どうも今の「レンガ通」辺りに「県庁」があったらしい。もちろん、廃藩置県の時代「熊谷県」と、ここ群馬を呼んだ時のほんの僅かな時代だったようだが。

「高崎」の町は町名からしてもその「古さ」が良く分かる。鞘町、紺屋町、鍛冶町、九蔵町、弓町などとその城下町の様が窺える。もちろん箕輪にもそうした町名は残るが...
その辺りには幾つもの「寺」がひしめき合うようにして甍の波が連なる。今にして思えば、この「高崎」と言う町はその戦国時代の古か、「寺」だらけ、「墓」だらけの町だったようだ。

八間道路の「夜店」

その昔、渋川までの「ちんちん電車」が走っていた田町通から、弓町の四つ角までの道幅が「八間」...
そこから「八間道路」と呼ばれ、大正、昭和と栄えたと聞く。元々は「大類里街道」をそう呼んでいるようだ。
その昔には荷車が行き交う程度の小路だったようで、その名残は平成の再開発でほとんど消えてしまたっが、東二条通りの交差点付近に僅かにそれをとどめている。

いつの頃であったかは定かではない「夜店」の始まりは。僕のそれは昭和30年前後のことだ。

僕が物心ついた頃にはその「八間道路」、夏の風物詩として「夜店」が子供心を躍らせた。
もちろん、テレビなんぞはなく、映画館でさえまともな上映館はなく、僕らは東小学校の校庭で夜間に上映されたそれに心を躍らせた時代の話。
それは「法輪寺」の門前を中心に、露天が縁日の賑わいを創っていた。

その時代、それぞれの家にまだ「風呂」などと言うものはそうはなかった。
あの界隈だけでも「銭湯」が、旭町の「東湯」、屋号は忘れてしまったが、山田町と椿町の「椿湯」。
それに「八間道路」北通町にも大きな銭湯があった。戦後、間もない昭和30年の始まりの頃その「銭湯」でさえ贅沢だったのかも知れない。
もっぱら僕らは、タライ行水を浴びて、短尺帯の浴衣を着せてもらい母に手を引かれその夜店に行った。

定番の金魚すくい、ヨーヨー、綿アメ、それに多分5円くらいだったか木箱の中で「飛行機」の回るクジ。焼きそば、お新粉細工、アメ細工・・・
ハリガネ鉄砲を器用に作る小父さん、木の鉄砲・・・カーバイトの灯りの下で焼く「焼き饅頭」。
極めつけは、法輪寺の境内で開かれる「のど自慢」と、どう言う訳か「ボクシング大会」...etc

兎に角、その「八間道路」弓町の交差点から先は、東、北と戦前から工業地帯。
開かずの踏み切りには、まるで問答無用のように「SL」が怒るようにして往来していた。
その辺り、満州帰りやら、復員のニイサン、小父さんが朝に夜にけたたましく口角泡を飛ばしていたそんな時代であった。

その時代、労働者の足と言えば、もちろん「自転車」でそれさえも贅沢な時代だったか。
サラリーマンの月給が1万円台の頃の話だから差し詰め「バイク」の値段だ。僕も自転車を覚えたのは親父の通勤用、「自家用自転車」の「三角乗り」からだった。
駄菓子や華やかりし頃の夜店の時代にはやはり、ベーごま、ビー球、面子と遊びに事欠くことはなかった。

ふと気づいた時には、そんな「夜店」の風物も消えてしまっていた。

そんな中、もう一度どうしても食いたいのが「ボタンキョウ」。薄汚れたガラス瓶の中にプカプカ浮いた奴で最後に食ったのが昭和50年の夏。
真夏の定番の駄菓子で「スモモ」といったかも知れない。真夏には駄菓子屋ばかりではなくどこのプールの売店でもそれは売られていた。

僕が小学校のころの当時はどこの学校にも“プール”などという贅沢なものはなかった。
高崎には3つの市営だったんだろうか、そんな贅沢なプールがあった。

小学生専用プール。通称「小便プール」と呼ばれていた『中央プール』今の市役所庁舎のあたりだろうか。
ちょうど、二中と三中の間の奥まったところにあった。
中学生、高校生専用プールは『昭和プール』。それは古久松材木の製材工場の裏手にあって、高校生のプール教室などにも使われていた。
そして、今でも残っているのが『城南プール』で、ここは競技用プールで、当時は中、高の水泳部専用のプールの趣をなしていた。

まさにそこに言う「コンパクトシティ」。

その町々には横丁があり駄菓子屋があり、文房具屋が有りなにせその東小学校、僕らの時代には児童生徒数は1000人からいた。
薬局、お米屋さん、酒屋さん、魚屋さん、お豆腐屋さん、八百屋さん、それらが朝餉夕餉に不自由することはなかった町々。

そんな、どこにでもありそうな「町」...
それが「高崎」だったのかも知れない。
でも僕にとっての「高崎」は、世界でたった一つの「高崎」なのである。

  


Posted by 昭和24歳  at 14:57Comments(0)

2020年02月24日

【必見】小川淳也議員国会質疑、秀逸!!

【必見】小川淳也議員国会質疑、秀逸!!



小川淳也VS菅義偉「この政権は自分たちは法令より上位にいるんですよ。政権の都合が最優先なんですよ。これに法令や憲法を従わしめてる。とんでもない勘違いだと思いますよ。」

2020年2月19日 衆議院予算委員会


小川淳也VS菅義偉「若い官僚に和泉と大坪の部屋の手配などさせるな!2人に厳正な処分を!」と小川淳也議員が珍しく激怒!
2020年2月20日衆議院予算委員会

地方議会でも小川淳也代議士(48)のように首長、当局と丁々発止するような若手議員が育たない。

まあね、高崎市議会を見てしても言いっぱなし、答えっぱなしで結論を見ないまま終わる。

そろそろその制度を変えるしかない時期に来ているのではないか。つまりこういうことだ...

「自由かっ達な討議をとおして、これら論点、争点を発見、公開することは討論の広場である議会の第一の使命である」と記されており、この理念は一般質問のあり方にも当てはまると考える。

つまり、質問のかたちで、市町村の課題を提示し、論点・争点を全議員で共有することがまず必要であるのではないか。
一般質問は、質問者である議員と、答弁者である首長・執行部職員との間のやり取りではあるが、全議員と傍聴者に対して、理解できない質疑であってはいけない。

一般質問は質問者と答弁者の二者のみならず、議場に居るすべての者が課題を認識し、共有する「開かれた対話」であるべきと考える。そのためには、質問の形式は一問一答式のほうが、議論の、論点・争点がぶれなくて済むことが利点である。

国会の代表質問でも本議会、それは「一括質問一括答弁」方式を採っている。

例えば全部で3つの大問があった場合、はじめに登壇し3問すべて質問する。

答弁も3問すべて行なってから、再質問をする。その再質問も3問すべて再質問してから、また3問再答弁して…が3回繰り返される。

想像すればすぐに理解されると思うが、これではとうてい“対話”にはならない。

質問と言えるものは再質問までで、3回目は要望で終わることが多い。

これではせっかくの議論の論点・争点が消化不良のままで終わってるにも等しい。

国会の予算委員会の「一問一答」方式のようならばなによりも質疑のテンポが良く、論点が明確であり議論が噛み合うと、質問者と答弁者のどちらが優勢であるのかわかりやすくなり、双方の力量が明確になる。

つまり一括方式では適当にごまかすことができていたのが、一問一答になると、双方とも(特に当局)ごまかしがきかなくなってくる。

【必見】小川淳也議員国会質疑、秀逸!!
  


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2020年02月23日

なんでも鑑定団「ANAホテル領収書...」

なんでも鑑定団「ANAホテル領収書...」


ANAホテル領収書 桜夕食会の宛名は「上様」 首相答弁と一致
「桜を見る会」前日に安倍晋三首相の後援会が主催した夕食会に関し、会場となったANAインターコンチネンタルホテル東京(旧全日空ホテル)が発行したとする領収書を参加者が実際に受け取っていたことが21日、分かった。宛名は「上様」と記され、首相の国会答弁と一致している。

 産経新聞は、参加者が保管していた領収書を確認した。ANAホテルが会場となったのは平成25、26、28年の夕食会。確認したのは26(2014)年の領収書で、桜を見る会前日の「’14・4・11」との日付が記されている。宛名欄には「上様」、金額は「5000円」で、「夕食懇談会として」となっている。

<抜粋引用:2020.2.21 17:55 産経新聞>
https://www.sankei.com/politics/news/200221/plt2002210031-n1.html

アベ総理:「ほら、辻本委員、領収書ちゃんとあるじゃないですか」

辻元清美:「......???」


ま、偽造、捏造、アベシンソーですから、辻元清美委員「出るとこへ出ましょ」とでも...

これって、でも一番困惑してるのANAインターコンチネンタルホテル東京なんじゃァないでしょうか。

つまり、手書きで、ボールペンで850枚は流石のANAインターコンチネンタルホテル東京も手間なんじゃあないでしょうか。

消費税370円含むって、ご丁寧だけど...


なんでも鑑定団「ANAホテル領収書...」



  


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2020年02月22日

日本では報道されない「アベコベ論文」

日本では報道されない
「アベコベ論文」



どうやら安倍ちゃん、日本国内向け論調と米国向け論調の二刀流、全くアベコベのようです。

中国が神経を尖らす、というか日中間、米中間の政治の実態がどうなってるのかはわからないけど。

まあ、先の大東亜戦争の端緒となった日中戦争、中国国民党政府との戦争も、

その実態は米国主導のものであったし。

まっ、根本は米中日、財閥間の利権争いなんですけど結局、政府を利用して軍部を利用しての陣取り合戦に日本は負けた。軍事政権だったからでしょうか。

何れにしろ、今度の中国の挑発行為もイコール、中国の国内問題からでしょう。

まあ、世襲の共産党独裁者「習近平」も日本暦で言ったら昭和28年生まれの巳年いわゆる「文革後世代」だし、それも文革末期16歳で21歳で共産党入党。

つまり、「門前の小僧習わぬ教を読み」で、安倍ちゃんと一緒。

そら、政治の現場においての機知は期待できませんね。つまり、斬った張ったの経験がない。全てが上げ膳据え膳がお育ち。

当然その上げ膳据え膳の見極めもわからないから取り巻きのままの発言となる。

まっ、日本の中国の脅威は米国にとってはビジネスチャンスだし、当然仕掛けるでしょうし。

中国にしたって、国内が無茶苦茶だから「シャオリーベン叩き」は得策(笑)。

まあ、普通に考えて沖縄海域、公海上だって米国の監視下、管理下でしょうし。

この騒ぎで安倍内閣は中国政府との「ホットライン」とか言ってるけど中国政府に「レーダー照射は日本の捏造だ」とか言われちゃったんじゃあどうにもならない(笑)。

それに、それ以前に米中ホットライン」はすでに存在してるだろうし。

まっ、米国だって中国共産党幹部の米国における不正蓄財とかスキャンダルは握ってるだろうし、報道によれば、その幹部の子弟のほとんどが米国留学、身内は米国、カナダに移住(笑)。

つまり、政府の人間が政府を信じてない(ーー;)

まあ、日本もおなじだろうけど、ちょいと頭の切れる官僚なら今の政治家相手にしないはず。

まっ、キレる政治家はパージされちゃいますけどロシアと握る鈴木宗男、中国と握る小沢一郎、あの田中角栄首相もCIA工作に没した。

小沢一郎と組んだ細川護煕も辞職、橋本龍太郎も変死、小渕恵三も変死。

鳩山(兄)もその口かもしれません、だって言ってることは正論だったし。

なわけで、結果どうでもいいようなのが据えられて都合よく使われ切り捨て御免る。

比例復活当選の菅もそう、野田もそうでした。

で、安倍ちゃんなんだけど来歴から言ってもありえないでしょう「内閣総理大臣」という職。

だって、伊藤博文、幕末のテロリストと並ぶんですよ、千円札と(笑)。

まあ、安倍ちゃんのお育ちからしてこういう論は育たないと思うんだが。

日本の大手メディアは一切報じていなかった、アサヒ芸能ですけど・・・・・

安倍論文(1)南シナ海は北京の湖である
http://www.asagei.com/11759

まあ、近くに空気入れる奴がいるんでしょうねぇ(^^ゞ

日本では報道されない
「アベコベ論文」



  


Posted by 昭和24歳  at 09:10Comments(0)

2020年02月21日

アベ民主主義の醜態

アベ民主主義の醜態



昨日今日の問題ではない。はっきり言えば“アベ”などはそれこそ、

なにもかもが“アベコベ”だった。


もちろん“アベ”なんぞには何の責任もなければ、裏返しの政治能力もあるはずもない。
ただそこに生まれたと言うだけで“そこ”にいるだけの人間でしかない。

天賦の才能才覚でその地位についたとか、努力に努力を重ねてその地位に到達したとか、
ありとあらゆる権謀術数を使い、その地位をもぎ取ったとかの、それではない。

父親がそうだったから、祖父がそうだったからだ。

それなら、酒屋、米屋、八百屋等々だってそうだ。
それだって、客商売、得て不得手はつきもんで時にそれが「左前」になることだってある。
そして“アベ”も「左前」になった。そもそもが器でなかったと言うことではないのか。
可哀想だが、「ただそこに生まれて、ただ都合よく担がれただけ」でしかなかった。

本人も、「デキル」と勘違いしてしまった。

大体にして“内閣総理大臣”といえば、それは「歴史上の人物」になる。
善し悪しはともかく「伊藤博文、東条英機、岸信介、田中角栄等々」、いずれの人物も命さえもやり取りする修羅場を潜ってきた。
もちろん、小泉元首相がその修羅場を潜ってきたとは思えないが、「役者が違う」。

それは今の与野党に押並べて言えることではないだろうか。
なんと、二世三世、四世の世襲の多いことか。こと人間社会にあっては「カエルの子はカエル」ではない。
そう思いたいのは勝手だが...

“年金問題”

今日、与党はその制度を問題といい、「社会保険庁解体」をいい、新たな組織で出直すというが、それでは「証拠隠滅」でしかない。
実は制度などは問題ではない。

今日の年金制度を構築した厚生省年金局、年金課長だった“花澤武夫”が言うとおり“給付”の前提条件を無視した国家による詐欺。
つまり、厚生行政は、「給付のことは考えていなかった」と言うのだ。

戦後のその制度開始以来、その給付は30年先、40年先の話で、当時は、毎月毎月、ただお金がジャカスカ、バカスカ入ってくるだけだから、ただただ、その徴収した年金基金の使い道だけを考えていた。その結果が今日なのだ。

ならば、その“年金積み立て基金”の実態を明らかにすれば言いだけの話で、それは社保庁の労使問題でもなければ、いわんや、年金の制度問題でもない。
行政の作為的な“ネコババ”疑獄事件なのである。つまり、制度発案者からして「犯意」があったと言っているに等しいからだ。

“花澤武夫”がなんと言ったかといえば...

「厚生年金保険制度回顧録」の中で、花澤氏自身が「年金の掛金を直接持ってきて運営すれば、年金を払うのは先のことだから、今のうち、どんどん使ってしまっても構わない。
将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ」と。

この国の現在の混迷は“中曽根以前”と“中曽根後”にあるのではないか。

『国鉄の民営化、日本電々の民営化』

これはこれまで営々として築いてきた国民の富を一部の階層に分配、つまりは国有財産の払い下げ。
戦後GHQの政策のもとに実施された“農地解放”の逆で、国有財産の解放と財閥の復活。
しかもそれが、米政府の戦略の一環として中曽根時代に“前川レポート”にも見られるように、結果、バブル経済を生み、
戦後、米国の軍事戦略の中、日本経済が“儲けた”富の米国への還流策として仕組まれた“ニッポン”に他ならない。

「日本列島不沈空母」発言や、「国民のみなさんアメリカ製品を買いましょう」あたりから戦後の米国日本占領政策の方針が保護から収奪へと変遷。
なぜ国鉄が国有ではダメなのか。なぜ親方日の丸ではダメなのか。
それは今の“社保庁問題”の議論と酷似している。これまでの“三公社五現業”の民営化を見てきても、それは完全民営化ではない。
官僚による、官僚の、官僚のための“民営化”、つまり民営化の“偽装”。

天文学的数字の負債を残しての“民営化”は国鉄だけ。しかもその負債は永遠に国民と言うその恩恵とは無縁の大衆に付回し。
そしてその民営化されたという会社の経営者は“官僚”という親方日の丸そのもの。

NTTなどは酷いもので、民営化で“日本電々”をずたずたに分解し今の通信の主流は“携帯電話”。
大蔵省の国家的詐欺で“NTT株式公開”でそのバブル期に国民から20兆円余りも富を盗んだ。その株式売却益を政府は政策財源に充てるとの話であったがその報告は未だ知らない。

結果、本来の通信業務だが、それは有線電話から無線電話、その無線電話は有線電話、固定電話の回線契約数を今日はるかに超えている。
結局、固定電話の一般家庭での使用料金の平均が月額基本料込みで5千円前後だったものが今では携帯電話一契約あたりでも1万円前後、対固定電話比較からすると3倍から4倍が通信費に消費されている。ということは結果的に他の物への消費を圧迫していると言うことになる。

その収益は取りも直さず各携帯電話会社に天下りする官僚支配体制に吸収されている。

要するに、“民営化”と言うのは偽装で、戦前の財閥資本による国策会社化で、国民の所得を改革の名のもとに収奪をはかる。
民間通信会社のほとんどが国策会社。JRであり、東電等電力会社であり、トヨタ、大手金融機関。民間のフリをした“官業ビジネス”。
彼らが法律を作り、実行し...

中曽根以前の政治は、戦後復興の名のもとで国民から収奪しそれを山分けしてきた。
功罪併せ持つだろうが、田中角栄までがその典型だった。
そのつけが、永遠と作り続けられる新幹線であり、高速道路であり、ダムであり、空港でありその発想の結論が国、地方の長期債務“1000兆円”超という国民に押し付けられたその負債になる。
しかもその押し付けられた負債にも関わらず、高額な利用料は“官僚”、“政治家”一族を潤すだけ。
さきの総務省統計発表だとこの国の億万長者が約“160万人”だとか。

アベの言う“愛国心”が本物なら、この国の税制。消費税を撤廃して、昭和時代の“累進課税”を復活させるべきではないのか。
法人税、高額所得者の税率を元のその累進課税率に戻す。

「優良企業が日本から逃げる」とか、「富裕資産家が海外に資産を移転するとか」、

そんな「愛国心のない」、企業、国民ならとっとと何処へでも行っちまえである。

もっとも、今日は、米国によるグローバルスタンダード化で、金融資産の移動が相当自由になっている。
大方の、政治家、官僚、資産家は“タックスヘブン”に収奪した資産を移転しているだろう。
愛国心の最も希薄なのが“政治家”であり“官僚”であり“財閥”。

なぜなら、彼らこそが“国家”そのもの。
そんな国家に“忠誠”しろと言われても、なんとも応えようがない(笑)。

「いいですか、国民の70%は税金を払っていないのですよ」

と、当時アベ首相は党首討論で言ってた...

なにを言うかである。国民総生産の中で十分徴税しているではないか、低賃金と言う労働分配率の中で。
その上の、消費税とそこかしこの間接税で。

アベ民主主義の醜態
  


Posted by 昭和24歳  at 20:46Comments(0)

2020年02月21日

新型コロナウイルス感染症

新型コロナウイルス感染症


新型肺炎 北海道で小学男児の兄弟2人感染 千歳の40代女性検疫官も
10歳未満の感染は国内初 2人は回復傾向

 道は21日、道内で新たに3人の新型コロナウイルスへの感染者を確認したと発表した。2人は上川管内中富良野町在住で、中富良野小に通う10歳未満と10代の日本人男児の兄弟。発熱の症状が出ているが、ともに回復傾向にあるという。10歳未満の感染者が確認されたのは国内初で、未成年者の感染確認は道内初。もう1人は千歳市在住の40代の日本人女性で、小樽検疫所千歳空港検疫所支所で働く検疫官。道内での感染確認は計8人となった。

21日午後から中富良野小は学校閉鎖

 道によると、10歳未満の男児は15日に発熱して上川管内の医療機関で受診し、19日に別の医療機関の感染症病棟に入院した。15日から学校は休んでいる。10代の男児は18日に発熱して学校から早退し、19日に上川管内の医療機関の感染症病棟に入院した。中富良野町教育委員会などは21日午後から中富良野小を学校閉鎖し、児童を帰宅させる。同小の児童数は昨年11月時点で208人。

 検疫官の女性は16日に発熱し、18日に医療機関で受診。21日に道立衛生研究所の検体検査で感染が確認された。

 3人とも直近の海外渡航歴はなく、道は行動歴や濃厚接触者を調べている。

<引用:2/21(金) 12:03配信 北海道新聞>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200221-00010003-doshin-soci


https://hazard.yahoo.co.jp/article/20200207

人混みは避けたほうがいいね...


  


Posted by 昭和24歳  at 14:31Comments(0)

2020年02月20日

高崎市立第二中学校新校舎落成!!

高崎市立第二中学校新校舎完成!!

観音山丘陵、何にもないですねぇ。

まあ、トイレも水洗式でしたし...

廊下も、ギシギシ言わないし美観でしたね。昭和三六年でしょうか。

あれは確か僕が2年生の頃でした。クラスは2年7組で担任は唐沢先生、赤ら顔でギョロ目の先生。

あだ名は「赤デメ」でした。確か数学だったと記憶してるんですが教科は。

で、2年生は2階で、たしか9組、10組まであったのかな、でも結構外れの方だったと記憶しています。

技術家庭、根岸先生の教室は渡り廊下を渡って西側1階。音楽教室は2階だったような...

細谷先生でした。苦手な音楽の時間は僕にとっては拷問でした(笑)。

で、3年になると1階の一番北側端っこで、担任は石原先生、イケメン先生でした、でも何故か独身、いろんなご事情が?

ところで、高崎第二中学校の通学校区は東は江木町、城東小区域の一部で、北は東小の範囲で、南はやはり東小区域でした。

で、北側は中央小の一部でしたからせいぜいが堰代町あたりまででしょうか、赤坂、常盤町と。

まあ、そんなわけで、ぼくら東小学校区域からの通学は「危険地帯」、つまり風俗地帯をどうしても探検しながらでした。

思春期でしたから、そら、ワクワクっていうかゾクゾクっていうか、っていうより、ご案内の柳川町のその筋の業態の子女がご学友。

それと中央銀座通りです。まだ、まさに銀座通りで、問屋がいっぱいあったり呉服屋があったりと...

そらもう、大変でした。まあ、登校時は朝ですから、まだ静かなんですけど、それでも「徳井」の玩具屋さんのところにはアレ、

ストリップ劇場の「フランス座」の案内看板があって、まあ、ドキドキしたもんです(笑)。

で、サヤモール、当時はそんな呼び方はしてませんでしたけど、もちろんスズランなんてありませんでしたし、中央デパート開店の頃でした。

アサヒ商会と小板橋が、文房具店の覇権を争っていた時代でした。ああ、文開堂書店もあったな、いつも着物を着たおばさんが無愛想で、

で、息子なんだろうか、なんか一風変わった変なお兄さんもいたねぇ。

で、大きなオノヤ家具があって、小さな帽子屋、佃煮屋があって、その向こうには「大陸」って云う菓子屋が。

学陽書房があって、あすなろがあってそうそう「テーラー綱島」があって、松竹の封切り館があって

なんて言ったか老舗の天ぷら屋、たしか「丸新」、うなぎ屋「銀直」があって...

未だに不思議なんだが、同級生の家もスーパー「うろころ」のところに「大陸」って云う菓子屋、戦前の大陸侵攻に由来してたんだろうか、ついぞ不明なんだが。

で、連雀町角には高島屋がって、そうそうまだ「なべや」なんていう料理屋もあって、パチンコ屋もありました。

そうだ菓子屋っていうかパン屋の日英堂、これは「日英同盟」に由来とかで、その相向かいにはいつも盛っていた「とかいう「今坂屋」魚屋。

中銀にはみゆきダンスホール、パチンコ「朝日会館」「麗都」、その他いっぱいあって、松原楽器、八百為、浅間カメラと。

なんてったって、甘味処の「富士屋」でしたね、自慢焼きに小倉アイスとまあ、賑やかなもんでイオン顔負けのショッピングモールでした。

そうです、3年生にもなると、当時の市役所の地下食で「ソースカツどん」、うまかったなぁ、ほんとに。

それと、中央デパート横の路地にあった「ひふみ食堂」の焼きそば、これが絶品だった。

で、おしゃれデパートがあって、電気館があって、オリオン座、東映、東宝の封切り館があって。まあ、今や荒城の月状態ですけど。

そんなわけで、ネット上にも高崎市立第二中学校は散見できません。まああれから50年、ちょうどですし...

そうそう、昨日は高崎市立第三中学校、昭和38年度卒業生の同窓会があったそうです。

僕の友人も、「今回初めて出るんだ、何故か今まではそんな気にならなかったんだけど、これが最後かなとも思えてな」と。

まあ、三中は南小区域と城南小一部、確かそうだったと思うけど、高崎駅周辺の占領軍の子供たちでしたから。

玉石混合、そんな時代でしたね。二中もだけど。

そういえば、スズランデパートの御大はその三中ですね、二中にもそれなりの起業家が、昭和38年度卒業生に。

で、「三中」もなくなっちゃいましたね、二中とは背中合わせでした。

高崎市立第二中学校新校舎落成!!

  


Posted by 昭和24歳  at 14:29Comments(0)

2020年02月18日

病的虚言癖「すらすら嘘をつく」

病的虚言癖「すらすら嘘をつく」

ANAホテル「申し上げた事実はない」 首相答弁を否定

「ANAホテルもう使わない」自民恨み節 野党「敬服」
 「桜を見る会」前日の夕食会をめぐって安倍晋三首相の国会答弁と会場のホテル側の説明が食い違っている問題で、首相答弁内容の一部を否定したANAインターコンチネンタルホテル東京(東京・赤坂)の姿勢に対し、与野党幹部らが様々な反応を見せている。野党からホテルの対応を評価する声が上がる一方、政府・自民党からは恨み節も漏れる。

<中略>
 
 ただ、首相側近は「なんで(ANAホテルは)回答を出したんだろう」と困惑し、自民党幹部の一人は「もうANAホテルを使うのはやめよう」。同党ベテランは「ANAホテルは外資系だからかな。(対応が)スッキリしている」と述べ、忖度のない対応だと感想を漏らした。

<抜粋引用:2/18(火) 11:39配信 朝日新聞デジタル>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200218-00000019-asahi-pol

>自民党幹部の一人は「もうANAホテルを使うのはやめよう」。

もう自民党はダメだな...

コレ、多分安倍晋三首相も事務所も「ANAホテル」には問い合わせはしていない。

こういう病的虚言癖の持ち主は自分に有利になるストーリーを空想してそれを「事実」としてその空話を自分自身も事実として信じてしまう。

だから、それを否定されると次々とウソを重ね、しまいには「私を信じないのであれば会話は成立しない」とまで言ってのける...

>首相側近は「なんで(ANAホテルは)回答を出したんだろう」と困惑し、

首相側近とかなんだが、「ANAがなんで回答」と困惑ってANAは当たり前のことを言ったまでなのに「なんで首相の嘘に口裏を合わせなかったのか」、つまり犯罪に加担しなかったのがおかしいと言っているのに等しい。

ま、ニューオータニは首相が言ってしまった嘘に合わせたに過ぎないのではないだろうか...

前にも書いたけど850人分の手書きの領収書をホテル側が書くということは大変な作業だしもしそれを本当に安倍事務所が要求したんだとすれば「嫌がらせ」だろうと普通ならお断りするはずだ。

つまり、全てが「安倍晋三」作り話で、それに官僚も合わせるしかない。

別のニュースで菅官房長官の言い草が笑わせる「首相のおっしゃってる通りだ」なんだが、そら「おっしゃてる通り」なんだろうとしか言えない(笑)。

病的虚言癖「すらすら嘘をつく」  


Posted by 昭和24歳  at 15:17Comments(0)

2020年02月17日

高崎「チュー銀ショッピングモール」だった時代(^-^)

高崎「チュー銀ショッピングモール」だった時代(^-^)


昼間からシャッターを閉ざし、人影が途絶えた商店街。時折見かける人も高齢者ばかり。自己目的と化した行政主導の「地域活性化」では、賑わいを取り戻すことはできない。成功例の模倣や実現不可能な夢物語から卒業し、地域固有の特性・資源に目を向けよ。

スクラップ&ビルドならわかるが...
スクラップ&スクラップドのままでは(^^ゞ


横丁には魚屋があって、米屋が、酒屋が八百屋が、薬局があって、塩専売所があって和菓子屋があって豆腐屋があって、豆屋があって瀬戸物屋があって、床屋があって、自転車屋があって、鶏屋が...

まあ、なんといっても昭和30年代半ば、物資も豊かになってきた頃のこと寺田の肉屋はハイカラだった。
とにかく「肉」なんてぇのは高級食材で、コロッケ5円なんてぇのを初めて食べたのもそんな時代の話。

たしか、寺田のオバサン髪の毛を赤く染めていて、オジサンもシャキッとした、ちょいと背広でも着せたら「紳士」の趣で、当然オバサンもドレスがお似合いで、そういえば、あの当時で「ネックレス」なるものを首にかけていたのを思い出す。

狭い店だったが大きな冷蔵庫の中には「枝肉」だったんだろうか オジサン、何やら、いぶし銀のサーベルのような棒で肉切り包丁を「シャシャ」っと研ぐと、大きな肉の塊を切って豚カツサイズに仕上げこれまた柄のついた鉄の塊でその肉を「トントン」と伸ばし、卵汁につけ、それにパン粉をまぶすと大きな油鍋に「サラッ」と...

するとその油鍋の中で豚カツがきつね色になりながら小躍りするようにして揚がる。

まあ、あの時代コロッケが5円の頃ハムカツが15円、メンチカツが20円、豚カツがたしか60円はしたから、それは結構なご馳走で、親父の給料日になると寺田にお使いに行くのが楽しみだった。

で、その豚カツ、経木に載せられるとたっぷりのキャベツが添えられ、オバチャンが「ボク、ソースかけるかい?」って。

そうなんです、あの時代ほとんどの家庭、庶民のあいだでは「ソース」はハイカラな調味料、まあ、「ソース」を使うなんってぇのはこれも、

たまぁ~におフクロが小麦粉たっぷりの「カレーライス」、それも「カレー粉」の具合の悪い、そういえば、肉は高級品だったから鯨肉だったかもしれない。

まあ、そんなわけで、「ソース」は「カレー」にくらいしか使わなかったし、もっぱら揚げ物といえば「天ぷら」の時代でしたし、「ソース」そのものがハイカラ(笑)。

で、寺田のオバサン、僕が「うん」っていうと、キラキラ輝いたガラスの「ソース差し」で、

まるで豚カツに模様を描くようにして「サラサラ」っとかけるとその経木でたたんで、ヒノキ紐で「キュキュ」っと包むと一丁上がり...

まっ、そんな時代でコロッケは5円だったし友達と遊びながら時々「寺田のコロッケ」を食べた。

そうだ「ソース」っていったら「焼きそば」なんだけど当時の「焼きそば」ってソースかかってた?

たしか、東小学校の正門のところによく来てた屋台の「焼きそば屋」。

これも、ひとつ「5円」で子供の手のひらサイズにカットされた経木に載せられ、青のりをまぶして、爪楊枝で食べる、まあ、少しは「ソース」の味はしていたかもしれないが。

そんなわけで、僕の横丁でさえ「東二条通りショッピングモール」だったんだから、

そら、「チュー銀」ときた日には、まさに「銀座」。まっ、日本中どこにでもあった「それ」。

で、「チュー銀」と言ったら八間道路を田町通りに向かうと「ラメーゾン」高級洋菓子店と、 武田薬品のネオン塔のあった3階建てくらいの「安藤製薬」、そこから始まる。

で、その「ラメーゾン」なんだがそれはそれはハイカラなんてぇもんじゃあない、まあ、横丁の庶民には敷の高いことといったらなかったし、ついぞ、その「ラ・メーゾン」、 子どもの頃には寄せてもらったことはなかった。

まあ、もっとも「ケーキ」と「コーヒー」といったらそれは映画の中の話、まだテレビのなかった時代。

まあ、そんなわけで「チュー銀」という別世界の入口、その「ラメーゾン」と「安藤製薬」を入ると、確か右側にはいわゆる、今で言う「オートクチュール」か「プレタポルテ」かそんな高級婦人洋装店が。

で、その並びにやはり高級紳士服店、テーラードでしょうか「岡田」が幅を利かせていた。

そう、もちろん未だ「藤五」もない時代の話なので、なんといっても「百貨店」といったら、 「うろころ」でしたね。子どもながらに「うろころ」って変な名前だなぁと思いつつも・・・・・

もともとが呉服店とかで、そういやあ当時のオバサンはほとんどが着物だったし、

何かっていうと、おふくろたちは「うろころ」へと急かせていた。

で、まさに銀座4丁目といったところだろうか、その意味では高崎で初めての「デパート」が 「おしゃれデパート」。
そのなんと煌びやかだったことと言ったらなかった。

もちろん、僕ら「ガキ」にはそもそも縁遠かったんだが、10歳年上の姉たちにはそれこそ、「銀座4丁目」そのものだったようだ。
そしてその辻向かいには「純喫茶ナポリ」と、

その30年代、40年代と高崎で「地価」の高いところナンバーワンだった「関口メガネ」に、その隣が「すかや本店」で、まあ、年に一度か二度くらいしか、多分「えびす講」とかで...

盆暮れ正月で親父の機嫌のいいときにしかだったが、確か二階の座敷もあってそれは盛況だった。

まあ、もっとも、横丁の庶民のあいさでは「すかや」といえば「八間道路」のそれだった。

といったように、その「チュー銀」その関口メガネ、おしゃれデパート、純喫茶ナポリの四ツ角を中心に南北に...

いやぁ、それは今の「イオン」なんてぇもんじゃない、賑やかさだった。

そんな中に、映画館「松竹」があり、僕が小学校4年の時にできた「オリオン座」と、僕ら子どもには「禁断の地」だった「柳川町」の中にあった「電気館」。

その「松竹」ではたしか三船敏郎主演の「日本誕生」なんてぇのを親父と見た記憶がある。

そんな「チュー銀ショッピングモール」、「富士屋洋品店」、「正直屋」、「大正堂」等々。

で、「チュー銀ショッピングモール」、南に行くとそこは「専門店街」の趣で、今はなくなっちゃったけど「松屋」の紳士服専門店とか「松原楽器」とか「田中帽子店」とか、カメラの専門店「浅間カメラ」だったか、「らっちゃん」の親父さんの。

和菓子専門店「観音堂」に、同じくその観音堂の並びに今でも頑張って営業してる「木屋新」履物専門店とか。

そういやあ、たしか同級生の家「婦人下着専門店」なんてぇのも後年には。

まあ、それは「高崎」が人口17万人程の時代で、たしか戦後昭和の市町村大合併によるものだったが...

それが今では37万人と「平成の大合併」にもかかわらず、その「チュー銀ショッピングモール」はその面影さえ消え去ろうとしているのは何故?
  


Posted by 昭和24歳  at 15:58Comments(1)

2020年02月17日

介護職離れ深刻!!

2009年05月21日
介護職離れ深刻!!

養成学校への若者充足率過去最低の40%


つまり行政は他人事だということだ!!

介護という仕事がいかにキツイか!!
正直、お叱りを覚悟で言えば、いわゆる3Kである!!
そればかりか、3K+Y(安い)だ。

極めて低賃金。しかも、派遣ともなれば何の保証もなくただ過酷な勤務実態だけなのだ。

くどいが、少子化で、教職員数も減少する。
つまり社会構造が大きく変わろうとしているのに、行政の感覚は「介護職」を公的なものとするつもりがない。

小泉構造改革でいう「民間にできることは民間に」とかだが、ならば、「官にできることは官に」。

いや、「官がしなければならないことは官に」ではないのか!?

なぜなら、介護保険等、すべて税金で賄っているからではないか。
そしてこれからも、来る、本格的高齢化社会を見据え、社会保障のための消費税増税を言う。
それを、民間に丸投げして「補助金行政」で、現実の「介護社会」が保てるわけがない。

国、地方公務員、みなし公務員の年間総人件費は60兆円とも70兆円とも言われている。
その平均が、700万円とも、800万円とも言われている。

ところがどうだ、補助金行政で丸投げされた介護職はその平均は300万円はおろか、
200万円台のパートタイムだという現実まで指摘されている。
今日の参議院予算委員会でも、介護職に13000円ほどの加算処置をマスゾエ厚労大臣は言っていたが、
そもそもが、政府、行政の認識がその程度なのだから...

「安心、安全」そして「豊かな」高齢社会など絵に描いたモチでしかない。

それでいて、介護保険料は年々アップしていく仕組み、さらに消費税増税を言いう始末。
現在の膨大な予算を、介護職、高齢化社会に転用すればいいだけの話ではないか。

将来に向けて、志の持てる職業であるべきではないのか。

立派な介護士になりたい!!
立派なヘルパーになりたい!!


そんな思いになってもらうのが本当ではないのか。

それが、生活が苦しい、結婚もできない、将来の夢も持てない。

それでは「老老介護」とおなじ、「貧貧介護」ということになってしまう。

挙句、それらの介護費用を安く上げようと、発展途上国から介護士、看護士をなどという国民を蔑ろにした政策を平然と執る政府、行政。

雇用不安で、いくらでも人材はいるというのにである。

やはり国民が政府を選ぶ時なのかも知れない。

このままでは、この政府に国民は殺されてしまう...

介護職離れ深刻!!
  


Posted by 昭和24歳  at 08:54Comments(0)

2020年02月16日

昭和を追想する

昭和を追想する


祖父と従兄たちと2歳の僕。

昭和26年...

僕が2歳の頃の話である。

八間道路から東に伸びた伊勢崎街道。
上信越両毛線の踏切向うには古川鉱業、高崎製紙工場があり、
その先には田んぼが見渡せたそんな時代の話だ。

僕の父は終戦直後まで勤めていた東京駅から戦災と言うこともあって母の実家、当時は未だ碓氷郡豊岡村字引間だった、そこを頼りに、高崎新田町に転居。
父は転勤願いで「北高崎駅」に。そこで“ポッポ屋”の生涯を終えた。

2歳の頃の僕はどうやら、そんなポッポ屋の父を知ってか知らずか、
なにかとその伊勢崎街道の踏切で汽車を眺めるのがこよなく好きだったとかと...

その豊岡村から祖父母が来ると必ずその伊勢崎街道の踏切をねだったと言う。

昔、母がよく言っていた...

「おまえはちょいと目を離すと踏切まで行って踏切番小屋でオジサンに抱っこされていたんだよ」 と。

どうやら、当時父が非番の時など北高崎駅の渋川街道の踏切小屋の中で抱っこされながらいつも汽車を眺めていたので、 そんなこともあってだろう。

僕の家は、東小学校のすぐ北側、日清製粉の正門脇路地の中ほどにあった。
そこから東小の校庭を抜け、時には三輪者を駆って賛光ネオン、東京ガス、田島ガラスの前を抜け、
そこ踏切で汽車見物を楽しんでいたとかいないとか。

もちろん当時は自動車はほとんどなく、自転車か大八車だけ、もちろん舗装はされてなかった昭和26年の八間道路と伊勢崎街道。

そう、その伊勢崎街道の踏切先は子どもの頃の僕らにとっては“未開の地”であった。
弓町の交差点、天田自転車店、関口新聞店の隣には“中央バス”の車庫と営業所があった。
そこからはたしか“伊勢崎行き”のバスが出ていた...

子どもながらに、

「伊勢崎ってどんな所なんだろう?」

って、いつも思っていた記憶がある。

小学校低学年の頃の僕らの探検地は“江木橋”界隈だった。
とにかくあの頃は“江木橋”まで行くと言うことは月面探査に行くほどの思いだった。
大袈裟だが、それは死を覚悟するほどの思いで行ったものであった。

そうだ、何でもその辺りの「川」長野堰につながる水路だっただろうか、それを『一貫掘り』とかいい泳ぎに行って水難にあった子どももいたので、親たちからはその『一貫掘り』には近づくなとよく言われていた。
でも台風の後の一貫掘り、怖いもの見たさに内緒で子どもたち同士よく行った憶えがある。

それからおよそ60年の平成...

いわゆる“祖父”となっちまった僕は3歳半になる次女の息子を連れ近くの踏切に汽車を見に行った。

もちろん今は“汽車”なんて走ってはいない。
時には前橋始発の“湘南ライナー”とかの2階建て車輛が行き交う。

“汽車”なんて言おうものなら末娘には、

「それってなに?」

と言われる。

しかし月に一度くらい、というか、元旦には必ずここを“汽車”が記念走行をする。
子どもらはそれを“汽車”とは言わない。

それは“SL”と言うんだそうだ。

「なんでも英語で言えばいいつうもんじゃあない」

と僕が言うと、

「“SL”って英語なの?」

「なんだ、そんなことも知らねえで“SL”って言ってるのか...
“SL”ってぇのはな、“steam locomotive”って言って蒸気機関車って言う意味なんだ」

そう僕が知ったかぶりをすると末娘は

「へぇ~」

と、ただ、感心するでもなくそう言うだけであった。

未だ幼児言葉の孫息子は行き交う電車を見ては「バイバイ」とだけ言って手を振っている。

それにしても味も素っ気もない時代になってしまったもんだ。“電車”、電気機関車でもないそれは幼児には表現すべく擬態音がない。


「ほら、ポッポだぞ、ポッポ、シュッシュッポッポだぞ」

きっと僕の祖父はその頃の僕にそう言ってもくもくと煙を吹き上げ、シュッシュと蒸気を吐き、ポッポーっと汽笛を鳴らしながらながら疾走する“汽車”を指差したに違いない。

昭和を追想する   


Posted by 昭和24歳  at 19:16Comments(3)

2020年02月15日

世代の備忘録“像の檻の中の小さな島国”

世代の備忘録“像の檻の中の小さな島国”


“像の檻の中の小さな島国”

この国が平和だなんて真っ赤な嘘。

それがこの国の真の姿。

大人(国家)たちに勇気がないばかりにいつしかそれがこの国の真の姿。

昭和30年。実は“朝鮮戦争”に僕らの父、兄世代は実質狩り出されていた。日本海の魚雷掃討作戦に。
戦死者も出てる・・・・・そのことに口をつむぐ勇気のない大人たち(国家)。

12年後の昭和42年にはすでに“ベトナム戦争”が勃発。
米国領であった沖縄はそのベトナム戦争の最重要基地(米国の統治下)、厚木・横田・福生・座間・横須賀・佐世保と…
これらの米軍基地も米軍を最大に支援した重要な兵站基地。

それは僕らが18歳の頃でした。

実は、この国、戦争と背中あわせ。いや、戦争の渦中にあったのです。

朝鮮戦争とベトナム戦争はその悲劇とは裏腹にこの国に奇跡的な経済発展をもたらしました。
なんのことはない北朝鮮、韓国国民、ベトナム国民数百万人もの命を犠牲にしてのこの国の今日ともいえるのです(朝鮮特需、ベトナム特需)。

一方、アメリカ合衆国でも猛然とした“反戦運動”の嵐が吹き荒れました。
奇しくも、その反戦運動がアメリカのベビーブーマー世代を直撃したのです。

イタリア系移民、ドイツ系移民、アフリカ系アメリカ人の若者が徴兵という名の下に数万人が犠牲になりました。

その頃、この国ではまるで何事もないかのような“経済発展”を謳歌していたのです。
この国の政府は、当然米政府もそうした若者の反戦運動をそらす為に“音楽・スポーツ・映画”で世情を工作しました。

この国の学生運動、労働組合運動も所詮は“像の檻の中の平和”の中での“内向き”な闘争でしかありませんでした。

結果、その当時の若者が“僕ら”です。今、高齢者と言われる僕らです。

この国のなにが変わったでしょう。 この国が、この国の人々が真に願う“平和”が今日はたして“約束”されてるでしょうか。

この国、国民自身の力で。

政府、政治家の言葉を取れば、 どうやらこの国の“真の平和”を約束してくれるのはかつての占領国、“アメリカ合衆国”とのことです。

吉田茂元首相は、“日米安保”を捉えて…

「あれは占領を解除する為の条約だった。 ということは『講和によりこの国が独立後、出来るだけ早い内に“米軍”には引き上げてもらう』
それが条件だった。

そして、 「岸はなんていう馬鹿なことをしたんだ」。

そのように回顧録には記して、“60年安保”を批准した“岸内閣総理大臣”を指して言ってます。

岸信介・・・・・東条内閣の商工大臣で満州国の実質総責任者。“A級戦犯”。

安倍晋三自民党総裁、首相のの祖父。

その経緯からも、“安倍晋三”はあってはならなかったのです。

世代の備忘録“像の檻の中の小さな島国”
  


Posted by 昭和24歳  at 22:48Comments(1)

2020年02月14日

前夜祭5000円の消費税は込み、それとも税別?

前夜祭5000円の消費税は込み、それとも税別?


ま、金額、日付、概要の手書き、これを850枚ですか?

ありえないですね。レジ一台置いとけば済む話です。全部5000円なんですからね。

参加者の中には経費で落とす人もいるかも知れない。

どっかの社長が何人か連れてきたら、3人一緒でとか5人一緒でとか…

一人ひとりに領収書いてくれって言ったら断られます、まして850人なんて嫌がらせです。

で、問題は消費税ですね。つまり、「お食事代」って記されてるわけですから、「会場費」は別途でしょ、普通に。

そもそも、会場費は会場借り上げる段階で金額決めるわけだろうし、まあ、会場費は広さと時間単位で決まってるんだろうし…

そして「お食事」はビュッフェスタイルにしろ、メニューによって飲み物によって、例えばビールは何本まで、追加は別途とかです。

で、その合計総額を850人の参加者で割る、ま、ビール等は飲まない人もいるかもしれませんけど単純に割れませんね。

そら最初からビール何本までって決めておいて、別途追加分は請求させていただきますとか、それが普通の流れです。

ま、この流れから言って「お食事代」に会場費が含まれてるとは思えませんね、やっぱし。

で普通に領収書って言ったらコレです↓



普通に会場費は別途消費税ですね。見積もりの段階で、つまり、ホテルニューオータニには消費税を預かる義務が生じてるわけです。

まさか安倍晋三後援会だから消費税はサービス、ホテル側の負担なんてぇことはないでしょう。

そして、歌手が出演ということなんだが当然ギャラが発生しているだろうから源泉徴収しなければなりませんね。

それはホテル側が出演依頼したのか後援会で出演契約したのかいずれにしろ雇入れが発生してるわけですから。

まあ、安倍首相の主張通りならコレ、850人もの手書きの領収書は嫌がらせでしかないです。

普通に「安倍晋三後援会の方でまとめて支払ってくださいよ」ってぇ話になります。

だから、その「桜を見る会の前夜祭」の主体、主催はどこなのよ。後援会員一人ひとりが主催でホテルと契約したってぇこと?

じゃあ、会場費は、ってぇことは5000円は「お食事代」じゃあなくて「桜を見る会前夜祭会費」じゃなくちゃ可笑しいだろ。安倍ちゃん。

だからその場で850枚もの領収書書けなんて話、ヤクザじゃあないんだからさ。

前夜祭5000円の消費税は込み、それとも税別?
  


Posted by 昭和24歳  at 19:49Comments(0)

2020年02月13日

2020年02月13日

かなり低レベルな内閣総理…

かなり低レベルな内閣総理…


小沢一郎氏 ヤジる安倍首相に「こんな非常識で愚かな人物を総理として頂いている」
 国民民主党の小沢一郎衆院議員が12日、ツイッターに新規投稿。安倍晋三首相が衆院予算委員会で、質問を終えた立憲民主党の辻元清美氏に対し「意味のない質問だ」と自席からやじを飛ばしたことに「異常である」と投稿した。

【写真】質問する辻元清美氏 安倍首相にヤジを飛ばされて…

 小沢氏は「意味のない質問だった」との安倍首相の発言を記し、「総理が国会の場で野党議員の質問後に一言。異常である。反省はゼロ、感情的に逆切れ。国会の場で、議員の質問に対し、こういうことを言うこと自体、国会延いては国民を馬鹿にしているということ。こんな非常識で愚かな人物を総理として頂いているということこそ国難である」とツイートした。

 辻元氏は「桜を見る会」など最近の不祥事に触れ「タイは頭から腐る。社会、国、企業の上層部が腐敗していると残りもすぐに腐っていく。ここまで来たら頭を代えるしかない」と首相を非難。やじは、この発言後に飛び出した。

<引用:2/12(水) 23:32配信 デイリースポーツ」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200212-00000127-dal-ent



>ヤジる安倍首相に「こんな非常識で愚かな人物を総理として頂いている」

ま、そう言われてもなぁ…

こんな非常識な輩を、総理にしてしているのは小沢さん、あんたらのせいじゃあないのか(笑)。

そらそうだよ、国民は安倍晋三なんて選んじゃあいない。選んでるのは究極的には山口4区の有権者だ。

結局、10年前政権交代したって仲間割れ、足の引っ張り合い。未だお山の大将ばかりで数の上での野党共闘ができずにいる。

なんだいッ、あの「立憲民主」とか「国民民主党」とか、まるで日替わり定食でそんなんだからわずか20%程度の得票率で自民党政権が自然にできちゃう。

つまり野党全部の得票率の方が自公の得票率を上回っている、この現実を知りながら立憲、国民で突っ張り合ってる…

そんなんで政権交代なんてできるはずがない。国民だって白けちゃってますよ。実際の話が。

ま、7年前、民主党がコケたのだって、お山の大将、「船頭多くして船山を登る」で終いには消費税8%増税を言い出して野田佳彦が最後。

そりゃ選挙に負けるわね。ま、東日本大震災と福島原発事故もあったわけだけど、東日本大震災はともかく福島原発事故は元はといえば長期にわたる自民党政権の「原子力政策」のせいだったわけだ。

ま、安倍政権を指して「こんな非常識で愚かな人物を総理として頂いているということこそ国難である」と言うのはいいが、じゃあどうするんだとい言われたら「頑張ります」じゃあ、それこそ国難だよ、小沢さん、わかってる?

小沢さん、普通に、国民分かってますよ、普通にね。だけど、群馬4区だって5区だって世襲三代目に投票するしかない。わずかだけど。

問題は、地方自治体の議員だ、どういうわけか自民党系が多いい(笑)。

かなり、気の利いた若手でも当選するためには自民党系を名乗り、多数派を形成し自民党の代議士、国会議員を推し身の安全を図る。

高崎市なんかがその典型で行政を監視するどころか逆に監視されちゃってる。

ま、先の「官製談合」で議会っていうか議員活動活発化すると思いきや、静かなもんです。ま、投票率も低いっていうことは市民、国民、政治に期待してないっていうことだね。

身近な政治家、市議会、県議会議員の皆さん、期待されてませんけど、どうします?

かなり低レベルな内閣総理…
  


Posted by 昭和24歳  at 10:40Comments(0)

2020年02月12日

どこまでもバックレルアベ首相。

どこまでもバックレルアベ首相。


国会中継...

安倍晋三後援会主催の前夜祭には、「私と妻は招待された」だって(笑)。

だから「会費」は払っていませんだって。

だから乾杯も、お酒を飲んではいませんだって。

で、食事には一切口にしていませんだって。

どこまでもバックレルつもりなんですね、時間切れまで。

で、久兵衛の鮨なんだけど、「黒岩議員の流言飛語で久兵衛も電話がかかってきて大変迷惑してるんです」。

まあ、首相ちゃん、そうは言うもの久兵衛の鮨が出ていないっていう証拠はない、久兵衛のおやじが「出してない」って取材に答えただけで本当かどうかは、前夜祭の明細が出てこないんだから、いや、出せないって言うんだから、そんな馬鹿な話はない。

まぁ、そもそも800人からの安倍晋三後援会会員の皆様お一人お一人に5000円の領収書だって言うんだから、そんなことは聞いたことがない。

しかも、野党、誰も突っ込んでないけどその5000円、消費税込なのか、税別なのか、安倍晋三後援会会員お一人お一人がホテルニューオータニと契約したって言うんならその5000円の明細もなければ可笑しい話で...

つまり「5000円」でどんなもんが出るんですか?っていう話で、ホテルニューオータニ、5000円なら精々が乾き物に飲み物一品が相場っていうか、ホテルニューオータニはそんな商売はしないだろうしね。

で、その前夜祭だってまさかお一人様「ビール一本」とか、「お銚子一本」とか、そんな訳無いだろうし、もし5000円だとしてもそら追加は出るでしょう。オイラのクラス会だって二次会ビールなら3本は行っちゃうよね、メトロポリタンだけど(笑)。

そんな時、高崎市立第二中学35年度卒業のクラス会で60人の出席者がいちいちメトロポリタンと契約して、ひとりひとりに領収書書いてくれなんて言ったら、「お断りします」って言われちゃうよ。

だから、「桜を見る会の前夜祭」が、なんでそんな面倒くさいことをやったのかっていうと、っていうか領収書たったの一枚も出てきてないわけだから、ま、嘘も方便っていうか、なんでそういうウソをつかなければならないか、て言ったらそれは...

前夜祭、参加者は参加費として消費税込か別途消費税かはわからないけど、その会場受付で、安倍晋三後援会の幹事なりなんなりに「5000円」を支払った。

で、そら、「5000円」をオーバーしようがしまいが、あとは安倍晋三後援会なり、安倍事務所がホテルニューオータニ側に請求通りの総額を払う。
で、不足分があるなら当然、安倍晋三後援会なり、安倍事務所が補填して支払い。

ま、百歩譲って、後援会会員800人お一人お一人が契約って言うんならそのお一人お一人が「これで5000円じゃあボッタくりだ」って騒いだらどうすんの、久兵衛の鮨が出るって聞いてたのにどうしたんだとか、騒がれたらどうすんの?

そんなわけで安倍事務所、政治資金規正法に則って届出できない理由はたった一つ、その補填したであろう資金の出処...

前にも書いたけど、河井案里の選挙対策費1億5千万円みたいに自民党本部から総裁の専決で、、もしくは官房機密費から。


それだったら、シラを切り通すしかないよね。どこにも通用しない、ホテル側の明細書はない、発行したはずの領収書がたったの一枚もない、そんな馬鹿なぁ!!

どこまでもバックレルアベ首相。
  


Posted by 昭和24歳  at 19:56Comments(0)

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